第二百七十章 関係各位各様~「北街道」顛末~ 5.ヴァザーリ(その3)
「ヤシュリクの動きを掴んでいるかどうかという事もあるが……どうもこの件に関しては、ソマリクは動くつもりはないようだ」
「……動かんというのか?」
「我々の事はともかくとして、テオドラム北街道の整備は、彼らにとっても利の大きい話だろう?」
「抑の話としてだ、北街道の整備が始まったとして、その完成がいつになるのか。完成したとしても、テオドラムの目論見どおりに賑わうのか。不確定要素が多過ぎる」
――〝テオドラムの目論見〟云々が大間違いである事を除けば、概ね正鵠を射た分析である。
「その一方で、北街道に肩入れするという事は、すなわちイスラファン~イラストリアというの流通ルートに対して宣戦を布告するも同然。イラストリアとの間に直通のルートを持たないアムルファンとしては……」
「……ものになるかどうかも判らん北街道に肩入れして、イラストリアへの窓口であるイスラファンとの仲を拗れさせるのは拙い――という訳か」
「これもこれで納得のいく判断ではあるな」
そうすると――イスラファンの申し出に対しては、当面アムルファンの動きを考慮する必要は無いという事になる。
「……で、どうする?」
「テオドラムを採るか、イスラファンを採るか……」
「いや、そう拙速な判断を下す必要は無いのではないか?」
肚に一物あるような顔をして、何やら言い出した男に、居並ぶ面々からの視線が突き刺さる。
「どういう事だ?」
「ヤシュリクからの書状には、〝テオドラムと手を切れ〟と明示してあった訳ではないのだろう?」
「……素知らぬ振りを決め込めというのか?」
「だが……ヤシュリクの機嫌を損ねる事になるのではないか?」
「能く考えろ。ヤシュリクが望むのは、一にも二にもヴァザーリの復興だろう。イラストリア……いや、ヤシュリクにとってノンヒュームとの交易の窓口となるここヴァザーリが寂れ廃れたままでは、ノンヒュームとの交易をソマリクに奪われかねんからな」
「それはそうだが……」
「まぁ聞け。ヴァザーリ復興のための手立てとして、我々が考えたのが新作のエールだ。ヤシュリクがそれに代わる復興案を持っているなら別だが、そうでないなら……エールの醸造に一日の長があるテオドラムの協力を得るのは重要……違うか?」
「う……む」
「その点を押して、ヤシュリクに譲歩を迫るというのか」
「代案があれば別だがな。結局のところ、我々にとって重要なのはヴァザーリの復興であり、その手立ては何でも構わんのだ。テオドラムが役に立たんとなれば切り捨てる。だが、役に立つ可能性がある間は……」
「……両天秤を掛けるというのか」
「テオドラムもやっている事だ。我らがそれに倣って何が悪い?」
「ふむ……」
段々と男の提案に引き摺られていく一同。所詮、〝商人は要領を以て旨とすべし〟なのである。
「で――肝心のヤシュリクに対する返事はどうするのだ? 今言ったような事を書面で訴えるのか?」
「いや、ここは思い切ってもう一歩踏み込んでだな……」
・・・・・・・・
――後日、ヤシュリクの商業ギルドは、ヴァザーリからの返書を受け取って天を仰いでいた。そこには――
〝テオドラムはヤシュリク商業ギルドが新作エールの開発に参加する事を、心より歓迎する〟――旨が燦然と明記してあった。
「「「「「どうしてこうなった……」」」」」




