第二百七十章 関係各位各様~「北街道」顛末~ 3.ヴァザーリ(その1)
ヴァザーリ回です。三話構成です。
「テオドラムは一体何を考えているんだ?」
「それが判らんから、ここでこうして雁首並べてるんだろうが」
情け無さそうな表情で頭を抱えているのは、今や凋落の坂を真っ逆さまに転がり落ちつつあると評判の、ヴァザーリ首脳部の面々であった。
このまま腐っていたところで、ヴァザーリの事情が好転する訳でもない。何らかの打開策が必要であろうと、ノンヒュームの「ビール」に代わる……のは無理としても、できればそれに並ぶ事のできる「エール」を造れないかと、密かに開発に乗り出していた。
ここでその動きに乗ったのがテオドラムである。
元々テオドラムは、交通の要衝である事と奴隷交易で当時栄えていたヴァザーリに、諜報拠点として酒場を出していた。そこで自国産のエールを安く売る事で客を集め、噂話の入手と流布の拠点としていたのである。
ところが、ノンヒュームたちによるヴァザーリ襲撃の巻き添えを喰って、その酒場も閉店を余儀無くされた。しかもその後にノンヒュームがテオドラムとの対決姿勢を強め、新規ビールの販売によってテオドラム産エールを駆逐してのけたため、ヴァザーリの酒場を再建できるような状況ではなくなっていた。いや、事はヴァザーリに留まらず、各地各国に出していた酒場が悉く閑古鳥の巣窟と化していたのである。諜報活動などできる訳が無い。
この事態を重く見たテオドラム上層部は、何とかして諜報拠点の再建を図らんと苦慮していたのだが……肝心のテオドラム産エールが――テオドラムの小麦に対する不信感もあって――売り物にならないときては、打開の策が見えてこよう筈も無い。
そんなところへ、嘗て拠点を置いていたヴァザーリ――今や仇敵と化したノンヒュームが立ち寄りそうにない場所――で、新たなエールを創り出してノンヒュームに対抗しようとする勢力が現れた。この計画に参与せずしてどうせよと言うのか。
――といった次第で乗り出して来たテオドラムと、ヴァザーリは密かに手を組んで、新作エールの開発に邁進していたのであったが……
「北街道を整備するという事は……テオドラムはヴァザーリに見切りを付けたという事か?」
「いや……先日向こうの担当者と会った時には、そんな感触は無かったが……」
「相手が惚けているか……でなければ単にその件を知らされていなかった可能性は?」
「会ったのはその件が公布された後だぞ? 幾ら何でも、そこまで我々がお目出たいとは思っていまい」
「うむ……」
「だとすると……テオドラムは両天秤を目論んでいるという事か?」
「……あり得ん事ではないな。ヴァザーリの酒場が再建されても、アムルファンからマルクトへ至る街道が栄えても、テオドラムにとってはどちらでも悪くない結果になる」
「むぅ……確かに」
「忌々しいが巧妙、いや狡猾な手ではあるな」
「テオドラムにとっては――な」
――と、ヴァザーリ首脳部の面々から散々な評価を下されているテオドラムであるが、本当のところはどうなのかと言えば……濡れ衣である。
テオドラムとしては、ヴァザーリから手を引くつもりなど露ほども無い。
抑の話、北街道の整備は不満分子の誘引を目的として立案された計画である。そこに〝北街道の活用〟などという視点は無い……とまで言ってしまうと言葉が過ぎようが、少なくとも主たる目的ではない。明け透けに言ってしまえば、工事さえしておけばテオドラムの目的は達せられるのだ。
第一、北街道の整備が完了するのはまだまだ先の事。と言うか、計画を公表して準備に入った段階である。北街道の宿場町が形になって流通が活性化するなど、果たしていつの話になるのやら。
対して、諜報拠点の拡充は待った無しであるから、テオドラムが何れを重視するかなど、訊ねるまでも無い事だ……少なくとも、テオドラムの視点ではそうであった。




