第二百六十九章 マーカス 7.マーカス王城(その2)【地図あり】
「しかし……北街道の件を隠れ蓑にするにしても、どこで動くというのだ?」
「北街道の整備に、軍は直接的に手を出さない方針のようだし……」
「いや……これまでのテオドラムの遣り口に鑑みるに、道路そのものではなく……」
「中継拠点か!」
思えばテオドラムの東街道――テオドラム王国の東辺を、グレゴーラムからニコーラムを経てウォルトラムへ至る街道――の時も、あの国は街道を直接整備する代わりに、各都市の中間点に新たに拠点を設ける挙に出た。その実績に鑑みれば今回も、北街道そのものではなく、
「マルクトとニルの間に、新たに中継拠点を設けると?」
「確かに、それなら……街道の整備に軍を動かさないのも納得できる」
……違う。
繰り返すがテオドラムが街道整備に兵士を使わないのは、これが一種の公共事業であり、テオドラムに不信と不満を持つ住民たち――主にボーデ村とニルの住人――の受け皿としての目的があるからだ。中継拠点の話などはどこにもない。
ついでに指摘しておくと、東街道での〝実績〟なるものも完全な濡れ衣である。
テオドラムには中継拠点を設けるなどという意図は全く無かった。単にそれぞれの中間点に近い位置に、相次いでダンジョンが出現しただけだ。
それを言うなら、寧ろ責任はクロウの方にあると言えようが、シュレクの位置は最初から決まっていたし、「災厄の岩窟」の方は単に都市から遠い場所を狙っただけだ。テオドラムの便宜など露ほども考えていない。
だが、「中継拠点」という妄想に凝り固まった国務卿たちは、飽くまでもこの方向に論を進めた挙げ句……
「いや……ニルの手前に拠点を設けるのではなく、ニルそのものを強化するのではないか?」
「ニルを?」
「守備隊でも派遣するというのか? ……まぁ、あり得ん事ではないか」
「いや、その可能性も否定はしないが……自分が言いたいのは都市機能の方だ。確か王都からニルに至る街道、あれを整備するという話が無かったか?」
――読者は憶えておいでであろうか? 嘗てニルの冒険者ギルドからの上奏を受け、一時は実施の流れになったものの、緊縮財政の煽りを喰って立ち消えになった整備計画があった事を。あの件はマーカスでも掴んでいたようで、この場でそれが持ち出されたのである。
「ヴィンシュタットからニルに至る中央街道を整備するというのか……」
「一時はドラゴンの存在も危惧されたようだが、その後の調査で安全が確認されたらしいからな。あり得ん話ではないだろう」
嘗てテオドラムの兵士が中央街道を、クロウの視点から見るとオドラントの付近を調査に訪れた時、クロウ渾身の擬装が奏効して、調査班は何の異常も確認する事はできなかった。
……という事はつまり、街道を整備するに当たって何の危険も無い――と、判断されたという事である。
ゆえに中央街道整備の話は、大いに蓋然性のある仮説と見做されたのだが……
「そんな事になれば……テオドラムの軍事展開能力は格段に向上するぞ?」
「矢面に立つのはイラストリアという事になるが……彼の国は丁度ニルを抑える位置に、リーロットという新拠点を整備中だな」
「いや……寧ろリーロットの整備を見て、テオドラムもこんな事を考えたのかもしれんぞ」
――考えてなど、いない。
「イラストリアはともかくとしてだ、我が国はどうなる?」
「ヴィンシュタットからニルまでの移動が容易になり、ニルが強化されるとなると、その恩恵を蒙るのはグレゴーラムだ。……我が国との国境に面している、な」
もしもそうなると、グレゴーラムの圧力は格段に高まるだろう。マーカスへの侵攻の可能性も無視できぬ程に。……飽くまで〝もしも〟の話であるが。
「いや待て、幾らテオドラムでも、中央街道の整備には時間が掛かるだろう」
「先んじて受け皿としてのニルを強化しておこうという肚なのかもしれんぞ?」
「馬鹿な……」
「北街道の終着点もしくは中継点としてのニルと、中央街道の終点としてのニルでは、意味が全く異なってくるぞ」
それに対抗するためには、こちらもグレゴーラムを睨む位置に、それなりの拠点を整備するしか無い。ただ……




