第二百六十九章 マーカス 4.マーカス軍・災厄の岩窟駐屯地(その4)
――愚問である。
シュレクの「怨毒の廃坑」ではスケルトンワイバーンやドラゴンに加えて、怨霊やスケルトンブレーブスまでがダンジョン外に出陣して暴れている。一方でここ「災厄の岩窟」にしても、攻め寄せてきた能天男爵の領軍を、精強無比なスパイダーゴーレムの一団が一蹴しているのだ。
……理不尽な攻撃に巻き込まれて、それに黙って耐えるだなどとは、夢にも思えないではないか。
「つまり――だ、間にダンジョンを挟んでいる限り、テオドラムにしても我が国にしても、相手が少々の兵力を下げたところで、攻勢に出る事などできんのだ」
それを考えると、シュレクだけが兵力を引き抜かれたのは戴けない――と、ファイドル代将は言うのだが、
「……理屈ではそのとおりかもしれませんが、心情的にはどうでしょうか。やはり目の前に敵兵力がいるのに、そこから自兵力を引き抜くというのは難しいのでは?」
「心情的と言うなら、別の見方もできるぞ? シュレクから兵力を引き抜いた事だけ見ても、テオドラムが何かの目的で手勢を必要としていたのは確実だ。そこまではいいな?」
「はぁ……」
「だとしたらだ、寧ろ両方から分担して兵力を抽出した方が、安全保障の観点からも有利ではないか」
理路整然と反論されてしまえば、副官もそれ以上の主張は難しい。
ここへ来て、自分に期待されているのは討論の相手役だと悟った副官は、今度は別方面からの反論を試みる。
「そうすると、やはりダンジョンとしての利用価値では?」
聞けばシュレクの「廃坑」は、以前は鉄鉱山として使われていたというが、今では毒と呪いが充満するダンジョンと成り果て、何かを得るどころか中に入る事すらできないという。
無事平穏に入る事ができて、産物まで得られる「岩窟」とは大違いではないか。
「つまり――テオドラムは『岩窟』、正確にはそのあちら側で、何か有用なものを得たという事だな?」
「そう……なりますが……」
毎日毎朝、意気揚々とダンジョン内に「出撃」して行くテオドラム兵の様子を見れば、何らかの成果を得ているのは疑い無い。では――その〝成果〟とは何なのか?
テオドラムがダンジョン内で水を補給しているのは確認しているが、まさか水を汲むために、鶴嘴担いで出勤したりはしまい。他に何かがある筈だ。だが……
「テオドラムはどうだか知らんが、こちら側で得られたのは、まぁ有用と言えなくもないという程度の、湖沼鉄の鉱床だけだぞ? 納得できんと思わんか?」
「それは……ですが、確か金鉱石なども少し発見されていた筈です」
「つまり、我が国はお印程度の金鉱石しか得られていないのに、向こうは大量の金をウッハウッハと得ているというのか? ……益々納得できんと思わんか?」
「それは……確かに……」
テオドラムが自分たちより優遇されているという可能性をこれ以上考えるのが嫌になったらしく、副官は新たな解釈を持ち出してきた。短時間のうちに能くもこれだけ思い付けるものだと、ファイドル代将などは内心で感心する事頻りであったが……ともあれ、そんな副官が新たに持ち出してきた可能性とは、
「では……『誘いの湖』はどうでしょうか? ダンジョンで何かを〝得た〟のではなく、〝失う〟のを恐れていると考えた場合ですが」
「『誘いの湖』か……」
確かに、「岩窟」に有って「廃坑」に無いものといえば、あのバカでかい湖を外す訳にはいかない。厳密にはダンジョン内とは違うが、ダンジョンの付属物と見て間違いはあるまい。
水資源に執着を見せるテオドラムが、湖から目を離すのを嫌ったという可能性はあるが……
「……いや、仮にテオドラムが兵を引いた隙に、我々が占有を画策したとしても、あのバカでかい湖を押さえるのにどれだけかかる? モタモタしているうちにテオドラムが舞い戻って来て、膠着状態になるのがオチだ。
「それに……あの『湖』については、ダンジョンマスターも我々の自由にさせる気は無いようだ。ダンジョンと違って、巨岩が立ち入りを阻んでいるからな」
そんな――謂わばダンジョンマスターが立ち入り禁止を宣言した場所に、武力侵攻を図る? ダンジョンマスターの怒りを買うのは確実だろう。
そして……それくらいの事はテオドラムとて見越している筈。




