第二百六十八章 ホルベック卿陞爵顛末~プレリュード~ 5.エッジ村(その1)
クロウからの書状を携えたルパの従僕が、どうにか手配できた飛竜便から――ヨロヨロと――降りて、エルギンの連絡会議事務局へ駆け込んだのは、クロウがルパから話を聞いた翌々日の事であった。二十一世紀の地球とは違って、高価な飛竜便はそう毎日飛んでいる訳ではないのだが、この時は運好く話の翌日に出発する便を捉まえる事ができていた。空の旅に怯える従僕の尻を叩いて飛竜便に押し込み、哀れな従僕が一昼夜を費やしてエルギンまで辿り着いたという次第なのであった。
時ならぬクロウからの書状とあって、エルギンの連絡会議事務局も訝しんだが、自分たちに当てられた書状に目を通すに至って、クロウが慌てて連絡を寄越した理由は納得できた。
返事を待っていた従僕を、後はこちらでやるからと言って下がらせると、居合わせた連絡会議の面々は、クロウからの指示について検討する。
第一に問題になったのが人選である。
クロウからの指示には体力自慢の獣人を派遣するようにとあったし、それはそれで納得できる指示ではあったのだが……唯一つだけ問題があった。エッジ村への道を知っている獣人が、この場に居合わせなかった事である。
――ただし、代わりが務まりそうな者はいた。
「俺が行こう。エッジ村なら謂わばご近所だし、魔法を使えば雪道も何とかなる」
そう名告りを上げたのはシルヴァの森に住まうエルフで、名をゴートという若い男であった。ちなみに、クロウが作ったドラゴンの骨製のナイフを初回に購入できた果報者でもある。ホルンも志願はしたのだが、今や連絡会議の重鎮となっている彼には事務局に詰めていてもらわねばならないという事で、ゴートが使者を務める次第となった。
そこからの行程についてはここでは省くが、ゴートは持てる魔法と魔力を文字どおり使い倒して雪の山径を爆走、翌日に無事エッジ村に辿り着いて、クロウからの書状を村長に手渡したのであった。
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「はぁ……エルギンの殿様が出世なさるたぁ、大したもんだ」
「んだ。目出度ぇこった……それ自体は」
「けんど、お召し物の事で奥様がお困りになってるってのは……」
「あぁ、十中八九、クロウさぁの言うとおりだべな」
ホルベック卿夫人には、昨年も押し詰まった十一月の下旬に、五月引き渡しの条件でドレスを発注したという前科がある。ただ、幾ら何でも今度ばかりは新規の発注などかけてこないだろうし、仮に発注があっても引き受けるのは無理である。
ただ……クロウがルパに漏らしたように、村長の手にはまだ切れるカードがあった。
「つっても大した事でねぇわ。あんドレスに似合うスカーフとかショールとか、そういうんを見繕っといただけだでな」
「んだども村長、確か前のドレスん時も、共布で肩掛けか何かを作った筈だべ?」
抑「エッジ村風・ファッション」の神髄とは、在り来たりの服の上に別の一枚布を多種多様な方法で身に纏う事で、安価な割には見映えのするファッションを実現する点にある。その一枚布は「草木染め」という技法を用いて自分たちで染めるているので、経費的にも庶民の懐に優しいものとなっていたのだが……ここで問題になるのが、その〝一枚布の纏い方〟であった。
この国で〝布を纏う〟と言えば、通例は前掛けか肩掛けぐらいしか頭に浮かばないが、エッジ村の纏い方はそんな生温いものではない。例によって自重知らずのクロウが、アフリカのカンガやインドのサリー、古代ギリシアのキトンやペプロス、ヒマティオンなどといった纏い方を、解り易いイラストまで添えて伝えたのだ。のみならず、ウィンドウディスプレイの現場で使われる「ピンワーク」と呼ばれる技術――マネキンに一枚布を纏わせ、待ち針などで形を整えて、見事な襞を備えたドレスのように仕立てる技術――まで伝授したのである。




