第二百六十八章 ホルベック卿陞爵顛末~プレリュード~ 2.ホルベック卿(その2)
「連絡会議からの税収で、このところ歳入が増えておるのは事実なんじゃが……」
ビールに砂糖に砂糖菓子、果ては「幻の革」やら陶磁器やらの売却益で、ノンヒュームたちは莫大な利益を手にしている。その収益の一部が租税という形で、エルギン領主ホルベック卿の許に入って来るのだ。その額は決して無視できるようなものではない。
なので、子爵への陞爵も故無きものではない――と、傍からの目には見えるだろうが……
「彼らは偶々領内に事務局を構えただけじゃしな。この先もずっと当てにする……という訳にはいかんじゃろう」
ホルベック卿としては、偶々領内に事務局を構えただけで、いつ出て行くかも定かでない組織からの税収だけを当てにする訳にはいかない――と考えていた。
尤もその実、ノンヒュームたちが連絡会議の場所としてエルギンを選んだのは、ホルベック卿が長年に亘ってノンヒュームたちとの間に友好的な関係を築き上げ維持していたからなのだが……当のホルベック卿はそこに気付いていなかったりする。人間、案外と自分の事は見えないものらしい。
それはともかく、子爵への陞爵とそれに伴う支出増が避けられないものである以上、ホルベック領としての収入増加を図らねばならないのだが……幸いにしてその当てはあった。
「エッジ村の件が動き出しておるのが、今にして思えば幸いじゃったなぁ……」
クロウの暗躍(笑)の結果、エッジ村は草木染めと丸玉細工を中核にした、所謂「エッジアン・ファッション」の発信地と成り果てている。その一方の柱である草木染めについては、膨張を続ける需要に応えるため、領内の他の村をも巻き込んでの一大事業化の計画が進行中であった。今はまだ実働段階に至ってはいないが、計画が軌道に乗りさえすれば、或る程度の収益増は見込めるだろう。
孰れは国内の他の地域でも後追いの事業が発足するだろうから、独占を続けるというのは難しいだろうが、先進地としてのブランドネームを維持する事は可能だろう。そのためにも……
「……計画に今少しの梃子入れが必要じゃな」
具体的な内容については協議する必要があるが、少なくとも計画の進行を助長する必要はあるだろう。
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ちなみに、ホルベック卿を悩ませていた収入問題であるが……王家だってそんな事は百も承知である。子爵家としての体面を維持できる程度に、何か役職手当のようなものを付けるべきだろうと考えていた。ただし、その名目をどうするか――これが王国側の悩みの種になっていた。
ホルベック卿が危惧しているように、陞爵の理由となった連絡会議の事務局が、いつまでエルギンに留まるのかは不明である。何しろ正式な契約など、王国は勿論ホルベック卿との間にだって交わされてはいないのだ。ゆえに……
「……そういう名目の手当を付けるのは、避けた方が良いのか?」
「むぅ……万一、ノンヒュームたちがエルギンを去った場合の事を考えると……」
「いやしかし、その場合エルギンには――こう言っては何だが――手当を付けるだけの価値は無くなるのだろう? その時に取り上げ易いという利点はあるぞ?」
「ホルベック子爵の体面を考えてもみろ。ノンヒュームのお零れで陞爵したように見えるのは問題だろうが」
「うむ。ノンヒュームの件が無くとも、有能なのは間違い無いからな。現に……」
「あぁ……『エッジアン・ファッション』の件があったな……」
はてさて、どういった名目が相応しいのかと、頭を悩ます官僚陣であったが、
「要は、ノンヒュームたちの相手という難しい仕事を任されている事に対する、ホルベック卿への報酬なんだよな?」
「うむ。突発的な事態――註.「ノンヒューム連絡会議事務局」の設立と活躍を指すらしい――に上手く対応して乗り切っている、その働きを評価してのものだろう」
「だとすると……雰囲気的に近いのは、災害からの復興支援金じゃないかと思えるんだが……」
「「「「「………………」」」」」
「……確かに……〝雰囲気的には近い〟かもしれんが……」
「ノンヒュームを災害扱いするのも何だかなぁ……」




