第二百六十七章 モルヴァニア 4.モルヴァニア王城(その4)【地図あり】
……何でそういう話になるのかと小一時間ほど問い詰めたくなるが……国務会議の面々は、傍から見るより大真面目であった。
尤も、さすがに合理的な判断を下せる者もいたようであるが、
「だが……監視砦を阻止戦力として評価した結果だとしても、自国への侵攻戦力として考えていないのはどうしてだ? もしもシュレクを抜かれたら、後は王都ヴィンシュタットまで一直線だぞ?」
「その場合は否応無く、シュレクを攻略する事になる。あのダンジョンマスターが、温和しくそれを座視しているとは思えん」
「配下の村に対しては、仁政を布いているようだからな」
「むぅ……自分たちの阻止戦力として、あのダンジョンを利用する肚か」
「テオドラムめ、狡猾な真似をしくさって……」
憤懣遣る方無いといった気色の一同であるが、そんな中にもやはり冷静に物事を見る人間というのはいるもので、
「しかし、今は時季が時季だ。テオドラムも拙速な動きはせんと思うが」
まぁ、泥濘んだ雪道で兵団を行軍させるなどというのは、確かに戦術上も現実的ではない。道無き場所を突破するなどは言わずもがな。
「それは逆に言えば、雪融けまでにこちらが対策を打っておかんと、テオドラムの後手に廻るという事だぞ」
「ふぅむ……」
その雪融けまでに間が無いとあって、現実に打てる手は限られている……と言うか、ほとんど無いとしか思えない。どうしたものかと、一同打ち揃って思案投げ首の最中に、
「……アラドと言えば、あれは使えんのか? 確か国境沿いにある街道の整備に着手するとか、先日言っていたではないか」
この男が言っているのは、先日の国務会議で盛大な物議を醸した件、即ち、テオドラムとの国境に並行して走る街道の緑化計画であるが……これもその大元を辿れば、その行き着く先は例によってクロウであった。
シュレクのダンジョン村がテオドラムによる流通封鎖を受けている事を憂慮したクロウが、密交易用の換金物資として精製塩を下げ渡したのが事の始まり。ダンジョン村の村人たちは、近隣の村々を巻き込ん……共同し、適当な行商人を見繕っての密交易を計画した。その相手にと選ばれたのが、このところ熱心にシュレクの様子を探りにやって来ているモルヴァニアの密偵であった。表向きには流しの冒険者を装っているが、その実がモルヴァニアの密偵である事など、海千山千の村人たちも承知の上。苟も国が取引の相手なら、みみっちく足下を見るような真似はしないだろうとの打算である。
報告を受けたモルヴァニアの上層部は、彼らなりの目論見もあってこれを了承。何しろ取引の相手というのが、地味に関心の的となっているシュレク村。しかもその取引の品が、内陸国モルヴァニアには喉から手が出る程に欲しい精製塩だという。拒む事などできようか。
目出度く裏取引が纏まりそうになったところで、想定外の問題が持ち上がった。モルヴァニア側の窓口となる者、より正確にはその身分である。
表沙汰にしづらいあれこれの事情から、モルヴァニア王国の代理人は――モルヴァニアのではなくて――「ヴォルダバンの商人」となる事に決まった。そしてテオドラムを刺激しないために、シュレクへの訪問はモルヴァニア側からの越境によって秘密裡に行なうという事も決まった。
それでは何が問題なのかと言うと……「ヴォルダバンの商人」が、態々「モルヴァニア側」から密入国してまで、密交易を行なう理由である。
これが「モルヴァニアの商人」というなら、そうまでして塩を欲するのも納得がいく。
しかし、代理人を「ヴォルダバンの商人」という事にするのなら……沿岸国で塩に不自由はしていない筈の「ヴォルダバンの商人」が、そうまでして塩を欲した理由が、延いてはモルヴァニアを訪れた理由が必要になる。
ヴォルダバンに最寄りの商都はアラドであるが、あそこが急に活況を呈する訳も無し……と悩んでいた時に、思いがけ無くもテオドラムが中小の行商人をウォルトラムから締め出して、その連中がアラドに流れるという事態になる。これでピースが一つ嵌った。




