第二百六十七章 モルヴァニア 3.モルヴァニア王城(その3)【地図あり】
テオドラムが締め出したのは中小の行商人だけ。国と取引があるような、大手の商人は目溢しをされている。言い換えると、国との直接取引が無いような商人だけが狙い撃ちされている。
「それもウォルトラムに限ってだけか……」
「そう。我がモルヴァニアと近い位置にある、ウォルトラムだけが対象なのだ」
「ふむぅ……」
ここから導き出された解釈は、国務卿たちにとっては説得力のあるものであった。……事実とは大いに懸け離れていたが。
「……口の軽い行商人が、国内に出入りするのを嫌ったか?」
「と言う事はつまり、何か漏らされては拙い事があるのだろう」
「それも、ウォルトラムの近くで――な」
……違う。
テオドラムが情報の管理に躍起となっているのは事実だが、それはモルヴァニアが懸念しているような情報の流出についてではない。
そうではなくて、行商人によって余計な噂話が流入するのを警戒し阻止せんがための措置なのだから、これは右と左、雪と炭、天と地ほどに意味合いが違っている。
そして――そこに更なる勘違いの燃料が、今度は最初の男――軍務卿らしい――から投下される。それも火力強めのやつが。
「それに関して更に気になる点がある。先頃テオドラムは、シュレク付近に築いていた砦から人員を引き抜いて、ウォルトラムの陣容を強化したようだ」
「何だと!?」
「ここへ来てウォルトラムの戦力強化か……テオドラムめ、一体何を企んでいる?」
……別に何かを〝企んで〟いる訳ではない。
抑シュレク砦を増強するための兵力は、最寄りの連隊からの抽出によって賄われていた。具体的にはウォルトラムの「蠍」連隊とニコーラムの「狼」連隊である。
そのせいでウォルトラムは兵力の運用が窮屈になっていたのであるが、その後更に人手を割くべき任務が追加された。何の任務かと言えばフォルカとサガンの監視である。
このところ領内にポコポコとダンジョンが湧いて出るのに閉口したテオドラムが、次なるダンジョンの出現位置として警戒しているのが、古くから怨霊の巣窟として知られたフォルカことトーレンハイメル城館跡地であった。
サガンの方はそれほど緊急性のある任務ではない。アバンの廃村の件で棚ボタ式に活況を呈するようになった、隣国ヴォルダバンの商都サガンの動向を、テオドラムとしても無視できなくなっただけだ。
そして――この二ヵ所の監視任務が割り振られたのが、両者とほど近い位置にあるウォルトラムであり……要するに、ウォルトラムの人員運用が窮屈になってきたため、シュレクに派遣していた兵員を引き揚げたという、それだけの事なのであった。
ただ……そこまでの事情はモルヴァニア側も掴んではいなかったため、その場の雰囲気はおかしな方向へ転がり出す。
「テオドラムめ……監視砦の陣容から、直接モルヴァニアへ押し出すのは下策だと見て、アラドを狙う策に切り替えたか?」
「待て。そうすると北街道の件は……」
「陽動だろう。ふん、やつらも手の込んだ真似をするものだ」
「それだけ『アラド侵攻作戦(仮)』を重視しているという事だろう」
「テオドラムめ……本腰を入れて我が国を狙ってきたか……」




