第二百六十六章 アバン 5.宿主~ダンジョンマスター (その4)
――その〝依頼人の意図〟というのは、アバンアクセサリーで美しく装った妻を見たいという愛妻家の願望に端を発しているのだが……ダンジョンロードのクロウにしても、そこまでの裏事情は察しようが無い。
ただ、クロウの懸念はシャノアにも正しく伝わったようであった。
『そっか……』
得心した様子のシャノアに向かって、クロウは更に説明を重ねる。
『それにな、複数の補完的なルートを確立しておけば、今後何かの理由でドロップ品を変更する必要が生じた場合にも、心置き無く動ける訳だ』
『成る程ね』
これでこの問題については一件落着……とはいかない訳で、
『それはそれとして……あの二人には……何か……渡すのですか……?』
今後の問題を論じる前に、今目の前にある問題をどうするか。
『事情については能く判らんが……あいつらはマナステラの意を受けてここに来てるんだよな?』
スキットルが同行しているのは護衛のためであるとしても、もう一人はマナステラの関係者のようだ。であるならば、彼らが何かドロップ品を手に入れたら、それが何であれマナステラの手に入るのは必定であろう。
『……マナステラの狙いが今一つはっきりせんな』
『ノンヒュームの工芸品じゃないんですか? マスター』
『俺も最初はそう思ったんだが……マナステラの連中って、遙々こんなところにまで足を伸ばすほど、ノンヒューム製品に執着してるのか?』
『『『『『………………』』』』』
……成る程。
当初は〝あのマナステラだから〟――で流しそうになったが、そう言われてみるとおかしな気がする。
ノンヒュームの工芸品かどうかも定かでない――実際には違う――ものを、マナステラくんだりからこんな遠くまで、遙々やって来るものか?
『……積雪の事を……考えると……マナステラから……飛竜を使った……可能性が……高いと……思われます』
『あぁ、それもだ。あいつら、何でそこまでするんだ?』
『『『『『………………』』』』』
『今までにこんな事があったのかどうかは知らんが……そこまで熱狂的なノンヒュームファンなのか? あいつら』
『『『『『………………』』』』』
二十一世紀の日本であれば、推しのアイドルを追って列島縦断くらいやりそうな人間は少なくない。飛行機も新幹線も余裕だろう。
しかし――今のこの世界においてはどうなのか? 飛竜の利用は日常茶飯事なのか?
『少なくとも……庶民にとっては……懐事情的に……厳しいと……思われます』
『あれ? けどマスター。あいつら、国の指示で動いてるんですよね?』
『だがなキーン、それは言い換えると、国家がそれに予算を投入したという事だぞ?』
『うーん……』
『国家レベルの意思が働いたという事になりそうですな』
そんな裏事情が仄見えているところへ、迂闊なものをドロップさせていいものか。
『準備中の新ダンジョンの事もあるしな。マナステラが混乱するような事態は、今は避けたい』
『クロウには前科があるものね』
毒にも薬にもならないものだと大見得を切って渡した、アルミ製の「折り鶴」のせいで、イラストリア上層部が大混乱に陥ったのは、未だ眷属たちの記憶にも新しい。傷口を抉られたクロウは渋い顔であるが、それを忖度したウィンが助け船を出す。
『ともかく――マナステラの事情が判らないと動けませんよね』
『道理じゃのぅ。じゃが、どうする?』
あまりクロウを追い詰めるのも煽るのも賢明でないと思ったのか、精霊樹の爺さまが話に乗った。が……そこから先をどう続けるか。
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