第二百六十六章 アバン 3.宿主~ダンジョンマスター (その2)
サガンの冒険者ギルドがアバンアクセサリーを集めているのは、とある貴族からの依頼に従っているだけなのだが……地下で会話を盗聴しているだけのクロウたちに、そこまでの裏事情が察せられる筈も無い。アバンとスキットルの二人にしても、その辺りの事情について考えるところはあったようだが、単なる想像でしかないものを蒸し返す気にはならなかったようで、この場でその話題に触れる事は無かった。それが――誰かにとっての――幸なのか不幸なのかは、もう少し時間を置かねばはっきりしないだろう。
――クロウが引っかかっているのは別の点である。
『しかし……ギルドの連中が「アクセサリー」だけを買い集めているとなると……』
『今後の方針に影響しますか? 主様』
抑の話としてここ「間の幻郷」の成立には、溜まりに溜まったサルベージ品の処分場としての役割を期待されていたという事情があった。その当時に特に問題となっていたのが陶磁器である。交易品として沈没船に積載されていたものの他に、食器として使われていたものもそれなりにあったようで、回収した数量が群を抜いていたのである。
これらの場所塞ぎに頭を痛めたクロウが、ドロップ品として処分してしまえと考えた結果、それらをドロップさせる場所が必要になった。なら、ダンジョンシードの移植先としてどうせ必要になる新ダンジョンに、その役割を押し付けよう……というのが、アバンの廃村がダンジョン設立地として選ばれた事情の裏面であった。
ところが――妙な成り行きでノンヒュームに、イラストリアから食器の注文が入った事で、前提条件が大きく変化する。
件の食器の一部を、〝沈没船からのサルベージ品〟としてノンヒューム経由で提供したため、同じようにサルベージされた陶磁器を〝迷い家のドロップ品〟として放出するのが拙い状況になったのである。ノンヒュームと迷い家、それもダンジョンではないかと疑われているものとの間に繋がりがあるなど、知られるどころか疑われるだけでも大いに拙い。つまり……迷い家こと「間の幻郷」のドロップ品として、陶磁器を落とす訳にはいかない。
「間の幻郷」の存在価値自体を揺るがしかねない一大事であったが、ここで更に事態が――当初は予想もしていなかった方向に――転回する。行商人たちのアバン詣でである。
お行儀良くさえしていれば、然したる危険も無く――確率で――珍奇なドロップ品が得られるとあって、アバンの廃村に行商人たちが詰めかけたのである。
廃村となってからの思わぬ賑わいに唖然としたクロウたちであったが、人の集まるところ情報も集まるというのは世間の常。地上部に傍受デバイスを設置しておくだけで、貴重な噂話が手に入るのである。
思いがけない効果に北叟笑んだクロウが、村の一角に――然り気なく――水場などを整備したため、立ち寄った商人たちがそこへ集まり、噂話の花を咲かせる事になる。
要するに……今やアバンの廃村こと「間の幻郷」は、サルベージ品の処分場から有力な諜報拠点へとジョブチェンジを果たしていたのである。
さてそうなると、今度は諜報拠点として都合の好いように、アバンを取り巻く状況を整備していく必要がある。ここで改めて問題になったのが、アバンへやって来る行商人の顔ぶれであった。
〝得られる情報の多様性という観点からすれば、様々な行商人が来てくれた方がありがたいのではないか〟――という意見が出されたのである。
〝でもマスター、同じようなものばかりドロップさせてたら、それ目当てにやって来る商人の面子も、固定化しませんか?〟
〝そこだな、問題は……〟
ドロップ品の内容によってアバンを訪れる者の傾向が固まる可能性には、クロウたちも気付いていた。
しかし、〝ドロップ品の内容によって、それ目当てに訪れる者の傾向が固まる〟のであれば、逆にドロップ品を変更する事で、面子を変動させる事もできる道理である。
幸か不幸かここ〝アバンの迷い家〟こと「間の幻郷」では、その成立初期に――主にクロウのやらかしによって――ドロップ品が二転三転した前科がある。今はアクセサリー類が中心になっているが、それを別のものに変えたところで、然程に不審は持たれないだろう。新たなドロップ品を考えるのは面倒だが、それは担当者の努力に期待する……という、身も蓋も無い方針が立てられようとしていたのである。
ところが、ここへ来て再び事情が一変する。廃屋に泊まったレンドとスキットルの会話がその切っ掛けであった。




