第三十七章 シャルド 6.廃墟の役割
本章最終話になります。
『主様、この廃墟の事、王国に知らせるんですか?』
『いや? 積極的に知らせるつもりはないぞ。もし王国が気づいたら、その時は引っかかるだろうという……』
『ずいぶん贅沢な罠じゃのう』
『ま、王家が気がつかない場合は何か暗示的な行動を取るか、あるいは全く別方面で騒ぎを起こすかだな』
そんな事を話している間にも、レムスが何か言いたげな気配を発していたが、やがて思い切ったように口を挟んだ。
『クロウ様、クロウ様が仮定しておいでの「黒幕」ですが、王国がシャルドの調査を決定した場合に、黙って見ているでしょうか?』
『うん? 何が言いたい?』
『いえ、もし「黒幕」がシャルドのダンジョンを発見させたくないのなら、あるいは王国の手に入る事をよしとしないのなら、何らかの手を打つのではないかと思いまして。……例えば陽動とか』
『……考えてなかったが、あり得るな。何もしないのは却って不自然か』
『あれ? でも主様、廃墟が見つかる事で、モローから目を逸らせるんですよね?』
『……ちょっとややこしくなってきたな。整理しておこうか』
俺は、廃墟に期待される役割や設定などについて纏めてみた。目標については……
★最終的な目標は、クレヴァスやモローの迷宮から、王家の注意を逸らす事。
★廃墟に期待される役割は、モローから王家の注意を引き離す事。
★廃墟を単なる囮と見抜かれないように、それらしい演出が必要。
また、設定については……
★「黒幕」は廃墟の価値を知っているが、手を出しかねているという設定。
★「黒幕」は人間が廃墟を手に入れるのを望んでいないという設定。
★廃墟の建造者は不明(未設定)だが、「黒幕」とは直接には無関係という設定。
『こんなところだろう』
『目標を達成するためには、廃墟が見つかる事を前提としつつ、簡単に発見される事の無いように手を回す、か。なかなか匙加減が面倒そうじゃな』
『適当なタイミングを見計らって、モローもしくは他の場所で騒ぎを起こすしかないと思うが……できればモローは避けたいな。モロー以外の候補地は?』
『待て、前後の脈絡無く騒ぎを起こしても、陽動という事が見え見えじゃぞ?』
『騒ぎなり暴動なりが、起きるべくして起きればいいんだよな。不安定要因を抱えた町とかないのか?』
『バレンとヴァザーリくらいじゃのう、今のところは』
またあそこか……。
『ただ騒ぎを起こすだけなら手はあるんだがな』
『……何を考えておる?』
『いやぁ、バレンの通商破壊の時と同じ要領で、ドラゴンの小便でも厩舎かどこか――場合によっては町中――に撒いてやったら、馬たちが大騒ぎするんじゃないかと……馬が気の毒ではあるんだが』
『……ドラゴンの小便じゃと?』
『……あの時使った砂利がまだ残っておりましたか?』
『いや、例の中二ドラゴンを始末した時にな、膀胱に溜まってたやつをな、ちょっとばかりな』
『……取っておいたのか』
『捨てるのも勿体ない気がしたし、いずれ何かに使えるだろうと思ってな』
『……その様子では、他にもろくでもない腹案を持っていそうじゃのう』
『いや? 以前に「流砂の迷宮」で仕留めた冒険者のアンデッドを歩き回らせるくらいしか考えてないぞ?』
『充分にろくでもないわ……』
『マスター、あのスケルトンドラゴンは? 使わないんですか?』
『いや、騒ぎが大きくなりすぎるだろう? 王家の頭からシャルドの事なんか綺麗さっぱり吹っ飛ぶぞ?』
その後もああだこうだと議論は続いたが、結局、予想外の椿事によって、この時の打ち合わせはほとんどが無駄になる。しかし、神ならぬ身のクロウには、そのような事態が起こる事を予想することは不可能であった。
次話から新章に入ります。




