第二百六十三章 迷姫襲来 2.駄目押された災難
とにかく意表を衝いた展開が目紛るしく襲って来る上に、当事者たるリスベット嬢がまた饒舌にはほど遠い質とあって、さしものクロウにも状況が把握できない。
困惑しているところに、時の氏神宜しく割って入ったのがミンナであった。
宿屋の娘に相応しい外交と渉外能力を発揮した彼女が、要領良く纏めてくれたところに拠ると、その経緯は以下のようなものらしい。
人外的な超感覚によってクロウの居所を発見したリスベット嬢は、同じ年頃の女子同士という気安さもあってか、居合わせたミンナと意気投合。談笑しているうちに、話題はクロウの絵の事になった。――そう、嘗てクロウがミンナに頼まれて描く事になった、ミンナの母親の〝想い出の花〟である。
壁に掛かっていたその絵を気に入ったリスベットは、〝花を描けるんなら人だって描けるだろう〟――という子供らしい判断から、クロウに肖像画を依頼する気になったらしい。
ミンナの補足説明によって、事情については理解できたものの、
(そう軽々しく引き受ける訳にもなぁ……)
迷姫リスベット当人が厄介な資質を持っている上に、その父親はマナステラ王国の貴族ときている。できる事ならクロウとしては、拝して遠ざけたい相手である。
「あー……事情は一応解りましたが、仮にも依頼という事になると、お父上のご意向も確認しませんと……」
そう言ってもの柔らかに謝絶しようとしていたその時に、
「リスベット、ここにいたのか」
――件の〝お父上〟ことマンフレッド・ラディヤード・ロイル卿が、颯爽と参戦してきたのであった。
・・・・・・・・
「いやクロウ君、娘の申し出だが……一つ真面目に考えてはくれないだろうか」
「はぁ……」
ついうっかりと〝お父上のご意向を確認した上で〟などと口走ったばっかりに、クロウは退っ引きならない羽目に陥っていた。その件の〝お父上〟ことマンフレッド・ラディヤード・ロイル卿が、あろう事かクロウに対して正式に、肖像画の依頼を出してきたのである。我が身の軽率を呪うクロウであったが、これはクロウの認識不足に原因がある。
抑ロイル卿は、マナステラ本国から〝次男を留学させるための縁故作り〟という訳の解らない任務を命ぜられてバンクスに来ている。本国の意向は今一つ解らねど、とりあえず人脈作りに励んでおけば問題は無い筈。
……というロイル卿の立場に立ってみれば、〝他ならぬマナステラ貴族とイラストリア貴族の双方に縁故を持ち、その上ノンヒュームとの繋がりも確定的で、恐らくはイラストリア王国にもパイプを持つ〟クロウなど涎の垂れそうな好物件である。伝手を作ろうとするのが当然である。
どういう具合に話を持っていこうかと思案していたところで、「迷姫」の異名を持つ愛娘がやってくれたのだ。こんな好機を逃す訳が無い。
――そんな裏事情こそ解っていないが、自分がドジを踏んだ事は解っているクロウ。事ここに至っては断るのも角が立つし、何よりパートリッジ卿の顔を潰しかねない。
胸裡に兆すのは断腸の想いか諦観か、進退窮まったクロウは力無く頷く事で、ロイル卿の――より正確にはリスベット嬢の――依頼を引き受けたのであった。
まぁそれでも、着彩しない素描で――という条件は譲らなかったのだが。
……既にボルトン工房の面倒依頼を引き受けているため、〝毒を食らわば皿まで〟――という心境になっていただけかもしれないが。
・・・・・・・・
後に仕上がった肖像画を見たミンナとマルコの父親ジェハンが、自分たち用に描き増しを――申し訳なさげに――依頼してきたり、アルカイックスマイルを浮かべたクロウがそれを了承したり、クロウのスケッチを見てその画力に瞠目したロイル卿が、人相書き用に愛娘の肖像(簡易版)を依頼してきたり……というアレコレも出来するのであるが、それはまた別の話になる。




