第二百六十二章 マナステラ 2.会議は進む
「そこで――だ。学者とは言え一個人にできる事を行なったところで、国としての威容が高まるかね? 或いは、有能な一個人を差し出す事で、国としての威容が高まるかね? 否だろう。国として、一個人ではできぬような事をしてのけてこそ、国威の発揚も可能なのではないかね?」
これまでの議論を微妙な形で否定する、しかも壮大な法螺噺とも聞こえる発言に、一同うぅむと唸るばかり。反論したいような気もするが、彼の発言そのものは真っ当至極なものであり、反論の糸口が掴みにくい。
敢えて言うなら……
「しかし……具体的には何をせよと?」
――そう。お題目としては優秀でも、具体性に欠けるのではないか?
今のこの場は具体的な政策を議論するところであり、空虚な名分を論う場ではない。……と言うか、そんな暇は無いのだぞ?
「自分とて何の腹案も無しに、こんな事を言い出しはせんよ」
「ほぉ……すると、何らかの思案があるのだな?」
「それを聞かせてもらおうではないか」
「うむ。少し調べてみたのだがな……」
そう前置きして彼が言い出したのは、国内に散在するノンヒュームの古美術品、その包括的なデータベースを作成してはどうかというものであった。
ノンヒューム人口の多いマナステラでは、国内だけでも相当な数のノンヒュームの古美術品や骨董品がある。しかし、それらは飽くまで個人の所有物として散在しているだけで、それらの情報を一喝して整理したものは、国内のみならず近隣諸国にも無い筈だと言うのであった。また、仮に手掛けた国があったとしても、マナステラ国内に存在する古美術品の数、言い換えれば情報量には及ばないであろう。
……身も蓋も無い考えの帰結としては、基礎研究を充実させるという、意外に堅実かつ真っ当な方針である。
「う、うぅむ……」
「成る程……確かに、国内にある古美術品の総目録となると……」
「一国が為すべき事業としても遜色無いか……」
「況して、他の国が手掛けておらぬとなると……」
王宮に勤務する貴族だけでも、相当な数を貯め込んでいるのではないか? それらの調書を作るだけでも、そこそこ見られるものが出来上がるだろう。
「そう簡単ではないぞ? 何しろ挿絵描きの手配から始めねばならん」
「挿絵……そうか、それが要るか」
「この手の挿絵はパートリッジ卿が達者であったのだがな」
「パートリッジ卿と言えば……彼の近作に載っていた絵は、あれは素晴らしい出来映えであったな」
「うむ。最終的には公刊する事も考えるとなると、ああいう達者な挿絵画家は不可欠だ」
「本人を呼び寄せるか?」
「いや、何もイラストリアの絵描きに頼る必要はあるまい。まずは国内で探すがよかろう」
クロウが聞いたら逃げ出しそうな発案は、幸いにしてその芽を摘まれる事になった。幸いな次第である……恐らくは双方にとって。
「それと――だ、これといったものがあれば、複製品を作る事も一考してはどうかと思うのだが……」
「複製品だと?」
「ふむ……目録の完成が見えてからの事になるだろうが……悪くはないな」
クロウが提案した複製品というアイデアに、マナステラ王国は独力で辿り着いたようだ。
「ふむ……どうやら意見も出揃ったようだし、ロイル卿の提案も含めて、この方針で陛下のご聖断を仰ぐとしよう。恐らくは認可されるであろうが……当面は秘匿する方針でいくぞ?」
「うむ」
「あぁ、異存は無い」
斯くして、マナステラ王国の威信を懸けた大事業が発進した。




