第二百六十一章 やって来た学者 6.再び王都イラストリア 王立講学院(その3)
最大の懸案事項がどうにかなりそうな見通しを得て、マーベリック卿も気が楽になったのか、そこから後は雑談に流れた。ベルフォールとしてもこういう雑談は、こちらの社会についての情報を知る好機となるので大歓迎である。
そして――そんな中でひょっこりと転げ出て来たのが、シャルドの古代史に関するクロウの仮説であった。
〝エルフの君には不愉快かも知れないが〟――と前置きして、マーベリック卿は自分の失敗談を語る。自身の浅慮と無理解からエルフたちの事を誤解していた事、そしてその誤解を木っ端微塵に粉砕された事を。
一方で自身エルフであるベルフォールには、寧ろマーベリック卿の〝誤解〟の方が新鮮であった。自分たちエルフのライフスタイルについては、憖に我が事であるだけに盲点となっていて、他者からどう見られているかという自覚に乏しかったのである。――と同時に、自分たちの孤立的なライフスタイルがいつ頃からのものか、何か切っ掛けがあったのかという問いも、ベルフォールには――当たり前の事過ぎて――思い浮かばなかったのだ。況やその理由についての推測をや――である。
「……遠距離通話の魔法は確かにありますが、それを使い熟せる者は多くありませんね。不肖この自分も、魔導通信機に頼っている訳ですし」
何しろこの国を訪れた切っ掛けとなるセルマイン――彼もまたエルフ――との対話にしても、魔導通信機のお世話になったくらいである。
「通信機の方は、少なくともエルフの間では普及していると言えますが、それがいつ頃生まれたのかとなると、自分には……」
少なくとも〝遠距離通話の必要性〟が大きくなってから誕生したのではないか――くらいの推測しかできない。だとするとその頃には、エルフたちが互いに分かれて住まっていたという社会背景がある筈だが、そうなると……
「これは……ク……彼の言う疫病仮説が有力になってきたか……」
思わずクロウの名前を出しそうになって、すんでのところで思い止まったマーベリック卿。個人情報を迂闊に触れ回るのは御法度だろうし、何より今はシャルド古代遺跡の出土品絡みで一蓮托生に動いている身だ。余計な事は口走らないに限る。
ベルフォールはベルフォールで何となく、その「ク○○」という人物が噂の「精霊術師」殿ではないかという気がしたが、連絡会議から太い釘を刺されている事もあって黙っていた。
そしてそれとは別にベルフォールは、件の「疫病仮説」に強く興味を引かれていた。
実はベルフォールの研究課題の一つに、食習慣の途絶があった。エルフの間で古くにはあった食習慣が、今は途絶えているのはなぜなのか。その理由が他種族との交流の途絶と、そこから生まれる孤立化にあったとするなら……
(これは……案外と面白いアイデアなのかもしれないな……)
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ベルフォールが新たな学問的展望に胸を躍らせている頃、エルギンの連絡会議事務局でも、物議を醸す発言が飛び出していた。その爆弾発言をかましたのは、「能天」ヘイグと呼ばれる、エルギン在住の獣人の男である。
「……なぁ、モルファンからも王女様がやって来るってのに、俺たちは誰も『学院』とやらに行かなくていいのか?」
「「「「「――!?」」」」」
他国の人族、それも王家の子女が〝自分たちの文化〟を学びに来るというのに、肝心のノンヒュームが学院の授業に参加しなくていいのか? せめて子弟を聴講生という立場で送り込むべきではないのか? 無論、イラストリアと相談する必要はあるだろうが。
何気にノンヒュームの今後を左右しかねない、重大極まる指摘であった。
「ぼくたちのマヨヒガ」、21時頃に更新の予定です。宜しければこちらもご笑覧下さい。




