第二百六十一章 やって来た学者 5.再び王都イラストリア 王立講学院(その2)
〝陛下の気苦労は見ていて気の毒なほどだった〟――とマーベリック卿がぼやいているが……その一件についてはベルフォールも、ノンヒュームの視点からの説明を受けている。
それによると、まさかこんな事態になろうなどとは、連絡会議の方でも思わなかったらしい。彼らは単に〝日頃世話になっている領主へのお裾分け〟程度の感覚で贈ったそうだ。
……それが巡り巡って大騒動になった事には会議の方でも頭を抱えたようだが、その時には状況は既に連絡会議がコントロールできる域を超えており、どうにもならなかったのだと――ぼやき混じりに――聞かされた。
しかしそんなベルフォールも、心労に冒された国王が古酒を一気に殲滅……ではなくて消費する手段としてパーティを企画――この辺りはベルフォールにも少し理解できかねるものがあった――したのはいいが、それが〝サルベージされた古陶磁器〟という新たな火種を蒔く結果になった……などという裏事情は初耳であった。……早速にも事務局に教えてやった方が良いだろう。
「……こういう具合にノンヒュームと我が国の……敢えて言わせてもらえば『因縁』は軽くないのだが、我々がノンヒュームの事を知悉しているかと言われれば――違う。なのにモルファンから微妙に見当違いの申し出を受けて……」
――途方に暮れていたところなのだと言う。
「こちらの事情はそういったところだが……どうかね? 講義計画は立てられそうかね?」
「そうですね……」
ベルフォールは考える。
そういう見方はついぞした事が無かったが、確かに自分は食習俗を調べている関係で、エルフ以外にドワーフや獣人の食習慣も、関わりがありそうとなれば首を突っ込んできた。
……確かに〝ノンヒューム全体で文化を語る〟という条件には合致している。言い換えれば、自分がこれまでやってきた事を、学生に向けて話すだけだ。
イラストリアが気にしているのは、〝ノンヒュームでない〟人族に対して講義を行なうに際して、人族の文化や習慣に対する無理解から、おかしな事になりはしないかという点だろうが……自分の研究はまさにその〝文化や習慣の違い〟を対象にするものだ。或る意味ではその〝相違や無理解〟こそを前提にしている訳だから、講義も自ずとそういった〝相違や無理解〟を追究する形になっていく。文化や習慣に上下を付けるのは文化史の禁則事項だから、そこで下手を打つ事もあるまい。
それに――生徒たちが知りたがるのは、どちらかと言えば我々ノンヒュームの文化や習慣の筈。人族のそれを論うような流れにはならないだろう。
「講義資料を揃えるのに少し手間取るかもしれませんが……何とかやれるでしょう」
講義資料とは言っても、身近な習慣を対象にしたものになる筈で、その意味では入手は容易だろう。難しく考える必要はあるまい。
そう答えてやるとマーベリック卿は、心底からほっとした様子を見せた。
「いや、助かるよ。魔法学や冶金学を受け持っているノンヒュームたちも、自分たちの流儀を開陳するという遣り方で或る程度は協力してくれるそうだが……やはり体系的な学問という形にはならないのでね。貴君のような学者の協力を得られる事は、学院にとってもこの国にとっても幸運だった。改めて謝意を述べさせてもらう」
「いえ……それほどの事は……」
一息に捲し立てたその様子を見ると、本気で困っていたようだ。
「それで……講義の方法ですが、生徒たちの興味を少しでも引くために、彼ら自身の食習慣や好物に対する質疑応答という形を取り込みたいのですが……問題にはならないでしょうか」
連絡会議から王女向けのレシピ作成に協力を要請されたベルフォールは、授業の形式は生徒――当然、王女を含む――への質問とその応答を活かした形式にできないかと考えていた。そうすれば授業の中で、ごく自然に王女の好みを探り出せるだろう。ただ……個人情報の窃取だなどといちゃもんを付けられては堪らないので、その点をマーベリック卿に訊ねたのだが、根掘り葉掘り訊くような真似をしない限り大丈夫だろうとの回答を得た。これで連絡会議からの依頼は勿論、授業の方も何とかなりそうだ。




