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第二百六十一章 やって来た学者 1.王都イラストリア 王立講学院

「ふむ……」



 その日、イラストリア王国王立講学院の学院長エイブラム・マーベリック卿は、王国からの通達――形式上は依頼となっている――を前に考え込んでいた。内容は新たな講師の採用に関してである。

 本来ならば、学院の講師の募集や採用は学院の専管事項である。ただ、今回のこれに関しては、そうとばかり言えない事情があった。問題の新任講師というのは、ノンヒュームの文化に詳しい者という触れ込みで、しかもその当人がエルフなのであった。


 この国では既に子どもでも知っている事だが、ここ数年のノンヒュームの活動――主に食物関係――には目覚(めざ)ましいものがあり、今やこの国の食生活は、ノンヒューム無くしては成り立たないと言ってよい。

 そんなところへ北の大国モルファンから、王女を留学させたいとの申し出である。念の入った事にその理由というのが、〝ノンヒュームの文化を学ぶため〟というのだ。

 (はた)()にはどう見えようと、この国におけるノンヒュームの活躍は、イラストリア王国が関与して為されたものでは全くない(・・)。ゆえにイラストリア王国としても、ノンヒュームの文化に明るい訳では全くない(・・)。それどころか、「ノンヒュームの文化」などという広汎かつ体系的な学問に詳しい者など、王立講学院にもいない訳で……要するにイラストリア王国は、モルファンからの断りがたい申し出を前に、大慌ての泥縄で〝ノンヒュームの文化に詳しい者〟を探す羽目になったのである。

 マーベリック卿も学院長という立場から、ありとあらゆる伝手(つて)辿(たど)って該当しそうな人材を探してみたのだが、これが全くの空振りであった。王国上層部も事情は同じであったと見えて、近隣諸国――モルファンを除く――は(もと)より当のノンヒュームにも人材派遣を依頼したのだが……やはり(ことごと)く芳しからぬ結果に終わった。

 とあるノンヒュームの(げん)()れば、〝(そもそも)「ノンヒューム」という(くく)り自体が目新しいものであるため、「エルフ」や「ドワーフ」・「獣人」という個々の(くく)りで文化や習俗を調べている者はいても、それを「ノンヒューム」という広い視点で研究している者がいるかどうかは怪しい〟――との事であり、人材確保は絶望的かという諦めにも似た雰囲気が王国上層部を覆っていたのである。


 そんなところに「ノンヒューム連絡会議」から、お訊ねの条件に該当しそうな人物が見つかったという朗報である。千載一遇のこの好機、断じて逃してなるものか――と、王国側が先走って採用したい旨を伝え、学院には今になってその通達のみが下りてきた……という次第なのであった。

 繰り返すが、本来ならば講師の募集や採用は学院の専管事項であって、王国と(いえど)(よう)(かい)すべき立場にはない。しかし――事は王国の国策にも関わる重大案件であり、しかも期日が迫っている。学院と協議する時間も惜しいと判断した王国上層部が、敢えて学院の権利を侵害するような真似をしてでも、即刻の採用に動いたという事情は、マーベリック卿にも理解できる。

 それに現実的な事を言えば、学院だけでは探しきれなかった人材を、王国がその伝手(つて)で確保してくれたとも言えるのだ。文句を言える立場ではない。



「とは言え……講師としての才覚や為人(ひととなり)に関しては、学院(こっち)で見極めてもらいたい――か。面倒な事だけこっちに振ってきおって。全く、役人どもときたら……」



 不平不満が口を()いて出たが、それが学院の職掌である事もまた事実である。何より今回の新任講師は、モルファンの王女殿下に対して講義を行なう事が予定されている。万が一にもおかしな者を充てる訳にはいかない。



「まぁ、ノンヒュームの連絡会議が推してきた人材と言うから、まず間違いは無いだろうと思うが……」



 ノンヒュームだってこの件の重要性は解っている筈だ。おかしな者を寄越(よこ)す筈は無い。だが、それはそれとして、学院長としては事前にその候補者と面談して、性格なり研究方針なり授業計画なりを詰めておかねばならないのも事実である。



「なるだけ早くに来てもらいたいところだが……今はエルギンで研修中か。……マナステラからやって来たというのなら、この国の事情を教えておく必要はあるか……」



 今は一月の終わり。モルファンの王女殿下がやって来る日程はまだ明らかにされていないが、五月という事だけは確定している。こちらの想定どおり五月祭に合わせてやって来るのだとしたら、残された時間は四ヵ月を切っている。事前の準備などを考えると、一刻も早くこちらへ来てほしい――というのが、マーベリック卿の偽らざる本音なのであった。

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