第二百六十章 テオドラム~寒村発混迷便~ 7.波及~イスラファン~(その2)
ザイフェルが持ち出した想定に、思わずその身を固くする一同。もしもそれが完成すれば、テオドラムを北部で横断する大動脈が出現する事になる。既存の通商ルートへの影響は如何ばかりか。
騒めく彼らを強い視線で黙らせると、
「……そうなった場合、ニルの重要性は一気に高まる。それこそ今のリーロット並みにな」
「す、すると……」
「リーロットに張り合うためには、ニルにも何らかの〝売り〟が必要……そうではないか?」
ここまで言われれば、並み居る商人たちにもその先は判る。
「……その〝売り〟として、ヴァザーリで開発した新作エールを使うと?」
「ヴァザーリは体の好い叩き台……いや、実験台か」
「テオドラムめ、何と遠大な謀を……」
――違う。
テオドラムはそんな「謀」など巡らせてはいない。そんなゆとりは今の彼らには無い。
彼らは――どこぞの悲運なダンジョンロードと同じように――場当たり的に目先の事態に対処しているだけだ。その実態は〝遠大〟などという形容からほど遠いところにあるのだが……哀しいかな、〝蟹は自分の甲羅に似せて穴を掘る〟。イスラファンの商人たちもまたこの呪縛からは逃れられず、自分たちの立てた想定の枠内で、テオドラムの動きを解釈しようとしていた。
「つまり……テオドラムは本腰を入れて、国内の経済再建に乗り出したという事か」
――経済再建を図っているのは事実だが、生憎とその方向性は全く違っている。主に緊縮財政によって、経済の安定化を目論んでいるのだが……
「これほど大掛かりな支出を容認してまで、街道整備に乗り出すとはな」
「我らと対立するのも想定のうちという事か」
「となると……アムルファンと仲違いしたという噂も怪しいか」
「うむ。アムルファンとの談合無くしては、これほど大胆な策は講じられまい」
「まさか……あの贋金騒ぎは、テオドラムとアムルファンの自作自演か?」
……などという、とんでもない妄想までが飛び出して来る。
しかしさすがにこの妄説に対しては、
「いや……そこまで大掛かりな事をやらかしたとも思えん。騒ぎの結果テオドラムが被った悪評が大き過ぎる」
一応否定する声も上がったのだが、
「だが、あの贋金騒ぎの黒幕が判らないのも事実だぞ?」
「うむ……それは確かに」
「被害者と目されたテオドラムが、実は黒幕であったとすれば……」
「下手人の姿が見えぬのも当然か……」
……という具合に、妙な感じに平仄が合ってしまう。
一同が複雑にして言いようの無い不安を感じ始めた頃、
「――間違えるな。我々は飽くまで商人。考えるべきはそこではない」
――というラージンの声が呪縛を破る。
ザイフェルもそれに同意するように、
「そのとおりだ。今の儂らが考えるべきは、テオドラムの仕掛けに対する対策。言い換えると……」
「……ヤシュリクからヴァザーリを経てリーロットに至る南街道、その本格的な振興策だ」
――ザイフェルの発言を引き取ったラージンによって、イスラファン商業ギルドの方針が明言された。




