第二百六十章 テオドラム~寒村発混迷便~ 6.波及~イスラファン~(その1)【地図あり】
「テオドラムが北街道の整備に乗り出す? ……確かなのか?」
「少なくとも、そういう話が広まっているようだ」
イスラファンの商都ヤシュリクの一画でひっそりと会合を持っているのは、この国イスラファンでも指折りの商人たち。別の言い方をするなら、つい先々月にヴァザーリ対策で協議を交わしたばかりの面々である。そしてその会議の場では、沿岸国からイラストリアへ向かうルートとして、自国イスラファンからヴァザーリを抜けるルートと、南の隣国アムルファンからテオドラムを通るルートについて論じたばかり。
故に彼らが導いた結論は――
「テオドラムめ……最早ヴァザーリは立ち直れんと踏んで、マルクトからニルを経てリーロットへ抜けるルートを整備する気か……」
――というものであった。まぁ、かれらの立場を考えるに、無理のない結論であろう。
「……テオドラムはヴァザーリと組んで、新たなエールの開発を進めていると聞いたが……」
「両天秤というやつか?」
「いや……両天秤にはならんのではないか? どちらかと言えば、互いにリソースを喰い合うような……」
「待て。テオドラムはヴァザーリから撤退したのか?」
「いや……そういった報告は受けていないが……」
テオドラムの立場としてみれば、この街道整備は飽くまで公共事業、それも国民の不満と批判を躱すために急遽でっち上げた泥縄案件である。そこに街道の繁栄云々という視点は入っていないし、ヴァザーリへの影響なども考えられていない。
いや、正確にはそれに思いを馳せた者もいたのだが、街道整備とエールの開発では完成までのタイムスケールが違う。両天秤は可能だろうとの読みもあった。
更に言えば、国民の不満を逸らすという目的だけなら、整備計画を公布した時点で、或る程度の成果は得られている。実際の整備など付け足しみたいなもの……とまで言いっては口が過ぎるだろうが、先の事まで考えている余裕など無かったのも事実であった。
新作エールとヴァザーリの酒場と整備計画の何れもが、テオドラムにとって必要なのは事実なのだ。摺り合わせなど後で考えればいい。
……という、或る意味追い詰められたテオドラムの迷走を知らない商人の立場からすると、テオドラムのこの動きはどう見えるか。
「……やはり両天秤をかけたと見るのが妥当だろう。少なくとも現時点においては、な」
「ザイフェル老、〝現時点〟というのは?」
「将来的には違う……そう言っているように聞こえるが?」
数名が訝る声を上げ、ザイフェルは顰め面を浮かべたままそれに答える。
「飽くまで儂の想像に過ぎんが……新作エールの開発と街道の整備では、完成までに要する期間の長さが違う。テオドラムはそこに目を付けたのだろう」
「つまり……当面はヴァザーリを支援するが、最終的には見限るつもりだと?」
「そうまでしてヴァザーリに梃子入れする理由は?」
どうせ見切りを付けるのなら、態々手を出す必要は無いではないか。
「これも飽くまで想像だが……もしもこの街道整備が、ニルを越えてグレゴーラムまで延ばす予定だとすると……」




