第二百六十章 テオドラム~寒村発混迷便~ 5.波及~イラストリア王城~(その2)【地図あり】
一同暫し首を捻っていたが、
「……陽動ではなく牽制というなら、一つ説明を捻り出す事もできますが……」
――自信無さげにそう言い出したウォーレン卿に、残り三人の視線が集まる。
「どういうこった? ウォーレン」
「リーロットの賑わいです。あれを何かの欺瞞だと勘繰っているのなら……」
「む……」
「まともな頭をしてりゃ、そんな事ぁ考えねぇだろうが……」
「今のテオドラムは追い込まれておるからな。血迷った虞が無きにしも非ず――か」
「確かに……牽制とすりゃあ、悪くない手かもな」
割り切れない感じは残るものの、一応の説明は付けられる。これで決着かと思ったが、
「……あと一つ、考えられる説明が無い事も……」
(((――そら来た!)))
そぅそぅ――それでこそウォーレン卿だ。
「その――もう一つの説明とやらを聞かせてくれんか?」
「単なる思い付きの域を出ませんので、飽くまで一つの仮説として……」
「いいからとっとと話せ、ウォーレン」
痺れを切らしたように急き立てるローバー将軍にチラリと目を遣ると、ウォーレン卿は軽い溜息を一つ吐いて、
「……マルクトからニルに至る街道を整備する事で、沿岸国から我が国に至る通商ルートを握りたい……そういう意図が無いとも言えないかと」
「――む」
「それがあったか……」
沿岸国からイラストリアへ向かうルートは、本来ならイスラファンの南街道を通った後、ヴァザーリからリーロット、サウランドを経て、イラストリアの中心部へと向かう。そのルートに些かの瑕瑾が生じたのが、ここ数年の事。
「……ヴァザーリか」
「あそこはノンヒュームと事を構えた挙げ句に没落しましたからな。未だにノンヒュームたちに敵意を隠さねぇってんで」
「迸りを恐れた商人たちが、ヴァザーリを使うのを敬遠しておるようですな」
イスラファンの商人たちが掴んでいる程度の情報を、当時国たるイラストリアが関知していない筈が無い。それとこれとの情報を照らし合わせると、
「テオドラムの野郎ども、ノンヒューム交易のお零れを狙おうってのか?」
「リーロットが派手に工事を始めましたからね。重要性に気付かない訳がありません。況してあそこは――」
「あぁ……テオドラムの下級兵がドジ踏んで、町の連中との関係がおかしくなったよな」
「テオドラムにとっては手痛い失態であった筈。気にしておらぬ筈も無いか」
リーロットがノンヒュームの出店で賑わっている、その事実は如何ともし難いにせよ、そのお零れを掠め取る事を狙うくらいなら、
「考えてもおかしかねぇんだが……」
「えぇ。街道の工事ともなると、それなりの予算が必要になります。果たして投下資本に見合う利益が見込めるのか。長期的に見れば大丈夫なのかもしれませんが……」
「王国の剃刀」たるウォーレン卿も、経済的効果については専門外だと見えて、その口調にも自信が無さそうである。
「ふむ、その辺りはマーヴィックとルボワ辺りに確認してみよう」
国王の意向によってこの件は、マーヴィック商務卿とルボワ内務卿に問い合わせる事となる。
「ただまぁ……街道の整備ってやつぁ軍事的にも重要ですからな。将来の選択肢――陽動ってやつも含めてですがね、そいつを広げるって点じゃ、こりゃ悪くない手でしょうよ」
「その点には自分も同意します」
「ふむ……テオドラムとて幾つかの利益・不利益を斟酌した上で、このような手を打ってきたのじゃろうからな」
「軍事と経済の二本立てか。向こうは向こうで、色々と考えるものよな」
「ま、そいつはこっちで頭を捻りゃいいでしょうよ」
――その、検討すべき〝色々な手〟の中に、民衆の不満解消という目的が含まれていない事が、果たしてどういう方向に転がるのか。それが判るには、もう少しの時間が必要なのかもしれない。




