第二百六十章 テオドラム~寒村発混迷便~ 4.波及~イラストリア王城~(その1)【地図あり】
「テオドラムが街道の整備に乗り出す? ……それがどうかしたんですかぃ?」
イラストリア王城の国王執務室。早朝にも拘わらずそこに集まって談合に及んでいるのは、ご存知イラストリアの四人組である。今回のお題はテオドラムらしい。
当該のネタをオープンにした宰相に、ローバー将軍の遠慮の無い質問が飛ぶ。モルファンの王女殿下留学を控えて、自国の道路整備だけでも頭が痛いのに、隣国の道路事情など構っていられるか。
「お主の気持ちは解らんでもないが、その〝街道〟の位置がちと不穏での。具体的にはテオドラムの北辺――マルクトからニルを経てグレゴーラムに至る、国境沿いの街道なんじゃよ」
宰相の台詞に彼の国の地図を思い浮かべ、その立地が孕む問題点に気付く。だてに国軍総司令官を拝命している訳ではない。
「選りに選ってあそこかよ……」
「しかし――あの街道はそれほど幅広な訳でも整備されている訳でも、況して交通量が多い訳でもなかったと思いますが?」
「そのとおりじゃ。にも拘わらず、テオドラムは彼の街道を整備するらしい。……態々安くない金を使っての」
……成る程、確かに妙な話だ。
詳しい情報を握っている訳ではないが、あの国の財政状態が健全だとは、況してゆとりがあるとは思えない。
なのに――年明け早々に街道の整備? 何か事情があると言わんばかりではないか。
「……やつらは前にも碌でもねぇ真似をやらかしてくれましたからな」
「我が国への侵攻を企てた件じゃな? それもあるし……マーカスやモルヴァニアとの国境沿いでも、おかしな動きを見せてくれおったからのぉ」
「あぁ、確かにそっちもありましたな」
マーカスとの国境線上に突如として現れた「災厄の岩窟」。テオドラムがそこに部隊を駐留させたのは理解できるが……その同じ街道を窺う位置に、「怨毒の廃坑」の監視拠点を構築しているとなれば――これは少々気を回したくもなる。
ダンジョンの出現を奇貨として国の東側の街道筋を強化、部隊の移動を円滑にしようとの策ではないのか――と。
「結局、国境付近で紛争が起きなかったんで、事実かどうかの確認は取れちゃいませんがね」
「肯定もできぬが否定もできぬ。警戒するにはそれで充分じゃ」
確かに……凶状持ちの仮想敵国がそれを行なっているとなれば、宰相が気を尖らせるには充分であろう。
「……しかし、諜報の連中も能くそんなネタを掘り出してきましたな」
「いや、それなんじゃがの……彼の国はこの件を隠すような事はせず、大々的に周知しておるようじゃ」
「「――は?」」
ローバー将軍とウォーレン卿の――少し間抜けな――声がハモったのも、まず無理のない事であろう。
もしもテオドラムがイラストリアに対する再度の軍事侵攻を目論んでいるのなら、その動きは何を措いても秘匿するべき案件の筈。なのに――それを大々的に周知している? 外交チャンネルを通じて何か言ってきたというのか?
「あぁいや、そういう事ではのぅて……作業員の募集をしておるようじゃ」
「作業員の……募集……?」
「工兵を使うのでなくてですか?」
軍事作戦の準備に工兵を使わず、民間の労働者を募集する? そこに何の必然性があるというのだ。
「……陽動――ですかぃ?」
「何に対する陽動じゃ?」
「……ですなぁ」
ありそうな解釈としては、ローバー将軍の言ったとおり「陽動」という事が考えられるが、
「……実際の兵を動かす前に、その準備の情報だけを流して牽制する。……確かに、陽動としては悪くない気もしますが……」
「だがよウォーレン、北側に兵を集めるのが陽動の目的だとしたら、本当の狙いは南側って事になりゃしねぇか? ……以前にⅩがやってくれた時みてぇによ」
――嘗て「Ⅹ」ことクロウは、ヴァザーリ襲撃のための陽動として、ノーランドの関所を襲撃するといった策を講じた事がある。その時の鮮やかな手並みは、未だに将軍たちの密かなトラウマとなっているようだ。
まぁ、それはそれとして、
「テオドラムの南というと……アバンの『迷い家』があったな」
「……廃村に兵を進めるってんですかぃ? 幾ら何でもそりゃ無ぇでしょうよ」
「あの国は今や、テオドラムにとって数少ない友好国ですからねぇ」
「ふむ……未確認情報じゃがの、ウォルトラム辺りで何やらテオドラムに対する不信が芽生えておるとの噂もある」
「不信ねぇ……」
「叛乱の芽を摘むにしても、陽動作戦まで必要になりますか?」
「そこが能ぅ解らんところなんじゃが……」




