第二百五十九章 ボルトン工房 1.シャルド~冬景色~
一月末のその日、クロウは久々にボルトン工房を訪れていた。描き終えたシャルド冬景色の原画を渡すためである。
クロウが冬のシャルドを訪れてから今日で二十日弱。その間色々な事があったにしても、クロウにしては原画を仕上げるのに時間がかかっているが……実はこれには理由があった。
――と言っても大した事ではなく、実はこれは追加分の原画なのである。
初回にクロウが提出した原画を見たボルトンは、雪景色の原画は五月祭にやって来た客に売り付けるのに持って来いではないかと余計な知恵を巡らせ、無情にも原画の追加を発注したのである。それも、既に提出した分とは違う構図で――と注文を付けて。
お蔭でクロウはシャルドのスケッチを参考に、新たな原画を書き起こす羽目になった。その中に――ボルトンの強い要請により――雪祭り会場の外れに忽然と現れた巨大な雪の怪ドラゴンが付け加えられたのは、蓋し当然の成り行きであった。
「こういう無茶振りは今回だけにして下さいよ?」
「ははっ。済まねぇなクロウさん。けどよ、そろそろ汗ばむ季節にやって来た客が、冬のシャルドの版画を目にする。そこに雪祭りの情景があったら、こりゃ新年祭にもやって来たくなる……ってなぁ、虫の良すぎる話かね?」
「まぁ……それは解りますが……」
観光地の宣伝戦略としては解らなくもないし、シャルドにしてもありがたい話かもしれない。ただ、それに自分が巻き込まれるのが面倒なだけだ。
「時にクロウさんよ、今年はいつまでご滞在だい?」
「まぁ、街道の雪が融けて歩けるようになるまではいるつもりですが」
「今年は歩いて帰んなさるのかぃ?」
「えぇ、そうしようかと」
ここに来る時には長距離馬車を使ったのだが……乗り心地はともかく、詮索好きな商人と相乗りになったばかりに、気の休まる暇が無かったのである。あんなストレスを感じるくらいなら、多少時間がかかっても歩いて帰る。クロウはそう決意していた。
「けど……なぜですか? もう面倒な注文はご遠慮したいんですけど」
パートリッジ卿から依頼された原画も含めて、もぅ一冬分の絵は描いたと思っているクロウは、あからさまに警戒の態度を見せる。
大体、ここでの擬装身分はともかくとして、クロウの本業は物書きであって絵描きではない。そっちは飽くまで余技である。日本で作家、こっちでダンジョンロードという二足の草鞋(笑)を履いているのに、ここへ来て更に画業まで追加されて堪るものか。
……いやまぁ確かに公式には、「絵師」という身分設定になっているのだが……
(まさか本当に画業をやる羽目になるとは、思わなかったからなぁ……)
〝異国からこの国にやって来た〟という設定に説得力を与えるため、旅絵師という身分をでっち上げただけだ。不慣れな冒険者などに身を窶すよりは数段マシだと思えたのだが……
(今頃になってそのツケを払う羽目になるとはな……)
でっち上げた身分の辻褄を合わせるため、実際に画業に手を染める事になった。
それだけならまだしも、イラストリア王国から「ダンジョン(仮)」の作画の注文を受けるというおまけ付きである。ダンジョンロードが偽ダンジョン――しかもクロウ作――の作画を、それも選りに選ってダンジョンロードの天敵とも言える王国騎士団から依頼されるなど、何の冗談だと言いたくなる。ラノベとしても噴飯物の展開であろう。編集部に提案したら、その場で駄目を出されるのが見える気がする。
まさに〝事実は小説より奇なり〟を地で行く展開である。
ともあれ――これ以上画業の沼に沈みたくないクロウとしては、ボルトンの台詞と口調に不穏なものを感じ取らざるを得なかったのだが……
「いやいや、別に大した事じゃねぇって」
――そう言われても、それを素直に鵜呑みにできないのが今のクロウである。
「クロウさんはあれだろ? 村へ帰る途中にモローを通るんだろ? 雪が融けて人の動きが戻った頃合いに?」
「まぁ……そうなりますが……?」
「で、よ。クロウさんはモローの『双子のダンジョン』ってのを知ってるだろ?」
「それは、まぁ……」
――能く知っている。恐らくボルトンが思っている以上に。
「で、な。クロウさんにゃ是非とも、そのダンジョンの絵を描いてもらいてぇんだわ」
――ほぉら。厄介事が降りかかって来た。




