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第二百五十八章 モルファン王女嗜好品問題 14.イラストリア王城

「また……ノンヒュームの連中も、微妙なもんばかり答えて寄越(よこ)しましたね」

「こちらで用意できそうなものを、態々(わざわざ)選んでくれただろう事は、それは確かに判るんですが……」



 早朝の王都イラストリア、国王執務室の中で難しい顔を並べているのは、例によってお定まりの四人組である。モルファンが送って寄越(よこ)したアナスタシア王女の()(こう)(ひん)メモ、それをノンヒューム連絡会議に廻したところが、返って来た提案が(いず)れも――時期的に――微妙なものだったのである。



「揃いも揃って、微妙に(シーズン)を外したもんばかり並べやがって――と、文句の一つも言いてぇところだが……ノンヒューム(むこうさん)だって知恵を絞ってくれたんだろうからな……」

「我らとて手頃なものが思いつかなんだのだ。文句を言える立場ではないな」



 ローバー将軍のぼやきに対しては、国王が溜息混じりの自虐で応じる。……が、両者のその態度も(ゆえ)()きものではない。普段は(くち)(うるさ)い宰相が、何も言わずに溜息を()いているのがその(しょう)()である。何しろ……



「〝枝豆〟ってなぁ大豆を(わか)()りしたもんでしょう? 一月(いま)は勿論、王女様がお越し遊ばす五月にだって、()れるかどうかは怪しい……てか、無理なんじゃありませんかぃ?」

「ノンヒュームとしては、これが一推しみたいですが……」

「推しだろうと何だろうと、手に入らなきゃどうしようも無ぇだろうが」



 (かつ)てクロウがガズという村人に教えた事で、エッジ村では枝豆食がすっかり一般化している。――が、さすがにエルギンにまでは伝わっていない。

 今回クロウはノンヒュームと口裏を合わせるために、地球産の冷凍枝豆(解凍済み)を――出所を詮索するなと釘を刺した上で――エルギンの連絡会議事務所に送り付けたのである。それを実食したノンヒュームたちは、揃って枝豆の味に転び、満場一致でクロウの提案――枝豆は一部のノンヒュームの間に伝わっていた習慣という事にする――に同意し、今年の夏は必ずや枝豆を食べよう、いや、そのために大豆の植え付け量を増やそうと決意していたのである。


 ちなみに、後日イラストリア王国から連絡会議に向けて、枝豆の現物が残っていないかと問い合わせを送るのだが、採って直ぐに食べるからこその枝豆であり、それを残しておくような者はいない――と返されて失意に沈む事になる。……が、それはまた別の話である。



「……宰相、我が国でその――〝枝豆〟が穫れるのは、いつ頃の事になる?」

「さて……(しか)とは存じませぬが……恐らくは六月以降になろうかと」

イケグリ(ヒシ)に至っては秋ですからな。王女殿下の歓迎パーティにゃ間に合いませんや」



 ()()りな口調で茶々を入れる、ローバー将軍の言葉にも力が無い。



「――てか、ノンヒュームの連中、時期に合うものは書いて寄越(よこ)さなかったんで?」

「時期に合うものと言うか……保存食の類は一応あるそうじゃ。ただ、それらはノンヒュームたちの間で細々と作られておるもので、〝ノンヒュームの食文化〟という付加価値無しに、王女殿下のお気に召すかどうかは怪しいとの事じゃ」



 面白くなさそうに盛大な鼻嵐を吹かすローバー将軍。そして、そんな上司を(なだ)めるかのように――



キャビット(キャベツ)は秋冬野菜ですから、今の時期にもまだ出廻っているものがある筈です。試す事は可能でしょう。(もっと)も……」



 ――割って入ったウォーレン卿の声も、ここでその勢いを落とす。



「……春蒔きのキャベツが出廻るのは、六月頃になりますが……」

「まぁ、その辺りは少しなら調整は()くじゃろう。庭番に頼んで(はや)()きしてもらってもよいしの」



 王城が契約している農家に無理を聞いてもらうか、何なら王城で栽培している分に、少し融通を()かせてもらう事もできる。王家の庭番なら木魔法を使える者もいるし、やってやれない事も無いだろう。ひょっとしてひょっとすると、大豆の方だって早めに用意してもらえるかもしれないではないか。



「さすがにそっちは難しいような気がしますが……取り敢えずキャビット(キャベツ)の方は試作してもらいましょうか」

「けっ……たかが生の刻みキャビット(キャベツ)ごときにコンソメスープで味付けたぁ……贅沢(ぜいたく)なのか倹約(けんやく)なのか解んねぇ料理だぜ」

「まぁ……少なくともモルファンの意表を()く事はできるじゃろうて。……色々な意味で――の」



 ……などとむっつり話し込んでいた三人であったが、今更のように気が付いた。先程からウォーレン卿が沈黙を守っている。

 ……彼らの経験に(かんが)みると、あまり(よろ)しくない徴候である。



「……ウォーレン、何を考えてやがる?」

「……あぁいえ、大した事じゃありません。……生野菜に手の込んだソース――ソースですよね?――をかけて食すというのは、これは新機軸ではないかと思いまして」

「「「………………」」」



 言われて三人も黙り込む。ローバー将軍の言うように〝贅沢(ぜいたく)なのか倹約(けんやく)なのか解らない料理〟ではあるが、確かにあまり聞いた事が無い。――いや、リモネの汁を絞ってかけるくらいは知っているが、コンソメスープのようなもので贅沢(ぜいたく)に味付けするとなると……これは一線を(かく)したものとして扱うべきか?



「……確かに新機軸かもしんねぇけどよ、それがどうしたってんだ?」

「いえ……正しく新機軸であるのなら、この方面の工夫を推し進めてはどうかと、僭越(せんえつ)ながら愚考いたしまして」

「む……?」

「工夫って……生野菜にかけるソースをか?」

「必ずしも生野菜に(こだわ)る必要は無いと思いますが……いえ、そうですね。やはり生野菜用に考えた方が、この分野を独占できそうですね」

「「「ふむ……」」」



 思わぬところからイラストリアでは、ドレッシングの概念が芽生えようとしていた。

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