第二百五十八章 モルファン王女嗜好品問題 13.ノンヒューム連絡会議事務局(その2)
「いや……五月頃が旬になる酒の肴か?」
「豆とか玉葱とか……在り来りのものしか思い浮かばんのだが……」
「いや……そんな月並みじゃ駄目だろう」
「あ、クレヴィスってのはどうだ? あれなら一応はシーズン内だろ?」
「クレヴィスか……」
「棲んでる場所によっちゃ泥臭くなるしなぁ。まぁ、確り泥抜きすりゃいいだけなんだが……」
「少なくとも、高級感とか特別感とは無縁だな」
「仮にもお姫様にお出しするんだしな。そんな庶民臭いものを出すってのも……」
「だよなぁ……」
「第一、あちらさんはモルファンの王女様なんだろ? 美味い海産の魚介類が食べ放題なんじゃないのか?」
「クレヴィスなんか出しても、みみっちいだけか……」
「いや、それなりに美味い事は美味いんだが……」
一同うーむと考え込んだところで、
「……旬に拘らなくていいんなら、考えが無い事もないんだが……」
「旬を無視するって……マジックバッグにでも頼る気か?」
「そうじゃなくてな、保存食ならどうかと思ったんだが」
「保存食か……」
確かに保存食なら、旬など気にする必要は無い。
問題はアナスタシア王女の口に合うかどうかだが、
「いや、お姫さまご本人が、干し肉やら塩漬けやら、ソーセージやらチーズやらがお好みだって書いて寄越したんだろ? 口に合わないって事は無いんじゃないか?」
「けどな、モルファンで食って……召し上がってらしたもんと較べてどうか――ってのは、それとはまた別問題だろうが」
「あぁ……そっちの問題があるか」
これも駄目かとなりかけたところで、獣人の一人がある事を……嘗て知り合いの冒険者から聞いた話を思い出す。
「……いや……そう言われれば思い出したが……あの国じゃチーズ造りは盛んじゃないらしいぞ」
「……何?」
「詳しく話せ」
寒冷な気候のモルファンでも、牧畜はそれなりに盛んであり、乳製品も広く利用されているのであるが、ただチーズだけはあまり造られていなかった。
何しろ、こちらの世界で――少なくともこの辺りで――一般的なチーズの作り方と言えば、生まれて間も無い仔牛や仔山羊を屠り、その第四胃から取り出した凝乳酵素で乳を固めるというもの。過酷な気候の故に家畜の価値が高いモルファンでは、おいそれと受け容れがたい事情があった。
パパイヤやイチジクなどの植物から採れる凝乳酵素もあるのだが、北国モルファンではこういった植物の入手は難しいため、その技法自体が知られていなかった。
酸によってミルクを凝固させる方法もあるが、代表的な酸である酢は酒を酢酸発酵させて造る。上から下まで呑み助が揃っているモルファンでは、酢酸発酵に廻せるような余分の酒は無い。
……といった事情からモルファンでは、
「……チーズは交易によって手に入れてる訳か」
「あぁ。家畜を殺す必要の無いヨーグルトなんかは普通に造ってるし、そのヨーグルトから水を絞って、チーズっぽいものを造ったりはしてるそうだがな」
ちなみに、モルファンとは別の理由で家畜の価値が高いノンヒュームの間では、植物性の凝乳酵素を用いるのが主流となっている。
「しかし……そういう事ならチーズって線も無くはない――のか?」
「だが、ただのチーズじゃお気に召すかどうか判らんだろう?」
仮にも相手は大国モルファンの王女である。平素口にしているチーズだって、それなりの高品質に決まっている。素人に毛の生えた程度の者が片手間に造るチーズなど、果たして気に入ってもらえるか。
「いや――そこでモルファン側の名分なんだがな……〝ノンヒュームの文化や習俗を学びたい〟って言ってるんだろ?」
「あぁ……味はともかく、ノンヒュームが手作りした献上品となると、受け取らない訳にはいかんのか」
「要は不出来なものを押し付けるって事か?」
「あまり気が進まんのだが……」
「いや、そこでだな……モルファンでチーズを造ってないって事なら、堅果で造ったチーズってのも知らないんじゃないか?」




