第二百五十八章 モルファン王女嗜好品問題 12.ノンヒューム連絡会議事務局(その1)
クロウたちがあれこれ思案に暮れている間、ノンヒュームたちとて黙って手を拱いていた訳ではない。彼らは彼らで、モルファンの王女殿下のお気に召すものは無いかと、銘々が知恵を絞っていたのであった。
「酒の肴って言われてもなぁ……」
「新年祭とかでビールを飲む時は、手近の屋台で売っているものを適当に摘んでるが……」
「イラストリアが態々俺たちに肴の事を訊いてきたという事は、そういった屋台売りの『肴』の事を聞きたい訳じゃないんだろうな」
そうなるとイラストリアとしては、ノンヒュームが村などで飲む時に摘む、謂わば伝統的な〝酒の肴〟が知りたいのだろう。そこまでは理解できたのだが、
「別段珍しいもんを摘んでる訳じゃないからなぁ……」
「適当にありもので間に合わせるだけで」
「いや、俺たちにとっては普通でも、人族にとっては珍しい……というものがあるかもしれんぞ」
「だとすると……山採りの何かか?」
「モンスターの肉か、川魚か、木の実か……」
「どれも有り触れているだろう」
「つか、そういうなぁモルファンからの通達にも載ってたんじゃなかったか?」
う~むと考え込んでいた一同であったが、ここで一人の獣人が呟いた内容が、少しばかり物議を醸す。
「虫……は、駄目なんだろうな?」
彼らにとって昆虫は、手軽に採れる蛋白質だ。確かに見た目はアレではあるが、それでも中には侮り難い珍味もある。
しかし……人族の、それも他国の王族の、留めに幼い王女様にお出しするものとしては……
「……多分、駄目じゃないか?」
「仮にも他国の王族に供するんだから……」
「況して、相手は乳母日傘で育てられたお姫さまだろう?」
――その〝お姫さま〟の実態は、〝深窓の令嬢〟とは大いに懸け離れているのだが……そんな事までノンヒュームたちには判らない。
それに、アナスタシアの性格がどうあれ、一国の王女に対する饗応としては、恐らく不適切なものであろう。少なくとも、随行員が眉を顰めるのは間違い無いと思われた。
「……止めておいた方が無難だな」
「うむ。下手をすると嫌がらせと思われかねん」
「俺ぁ外交なんざとんと解らねぇが……それでもやっぱり拙そうな気がするな」
「いや……そこまで不味くはないんだが……」
「うむ……」
――という訳で、一部の者には惜しまれつつも却下となった。
その代わりに浮かんできたのが、
「……なぁ、イケグリとかはどうだ?」
「イケグリか……」
彼らが〝池栗〟と呼んでいるのは、地球の「ヒシ」にほぼ相当する水草、正確にはその実の事である。
夏頃に池の表面を覆うように葉を広げる浮葉植物で、日本ではその実の形状から「菱」と呼ばれている。茹でた実は栗のような味わいになる事から、こちらでは「池栗」と呼ばれているようだ。
「確かにあれは、町の市場でも見かけた事は無いな」
「モルファンでは違うのかもしれんが……」
「まぁ、提案してみるのは構わんだろう。イラストリアでは食べられていないようだし、その意味では〝珍しい〟事に違いはあるまい」
考えてみればみる程、悪くない候補のように思える。これで自分たちの面目は立った――と、安堵していた矢先に、
「……なぁ、イケグリの旬って、秋だったよな?」
「「「「「あ……」」」」」
今は一月。昨年の秋に収穫したヒシが、今の時期まで残っているかは大いに疑わしい。マジックバッグにでも保存してあれば別だろうが、そこまでするような奇特な者がいるかどうかは疑問である。つまり……イラストリア側がイケグリの味わいを検討できるかどうか問題である。
況して王女殿下の来訪は五月。イケグリの実どころか、花を着けているかどうかも怪しい時期である。
「二重の意味で時期を外している訳か……」
「悪くはないと思うんだが……」
「他にも候補を挙げておいた方が良いだろうな」
――そうなると、王女が来訪する五月頃に提供できるものを探すしか無いのだが、




