第二百五十八章 モルファン王女嗜好品問題 11.パートリッジ邸(その2)
三者三様に首を傾げた三人であったが、モルファンの菓子事情を知り倦ねたノンヒュームが、〝とりあえず自分たちが参入する以前の菓子事情〟から手を着けようとした心情は理解できたようだ。
「ふむ、そういう事なら……まず、クロウ君の誤解を正しておこう」
「はい?」
何か誤解があっただろうか――と、訝るクロウに向かって、パートリッジ卿は無情にも言い放つ。
「抑ノンヒュームが参入して来る以前には、菓子の専門店というもの自体が存在しておらんかった――その事は理解しておるかね?」
「……え?」
現代日本人であるクロウにとっては、菓子店などあって当たり前のものであったが……どうやらこちらでは違っていたようだ。
憖ラノベ作家としての雑知識があったのが災いして、中世のヨーロッパと同様に、菓子職人ギルドくらいはあるものとばかり思っていたのだが……こちらでは些か事情が違っていたらしい。
庶民は高価な菓子などに手が届かず、セレブはお抱えの料理人に菓子を作らせるのが普通……というのが、ノンヒューム参入以前の菓子事情であったのだ。
「ゆえに――じゃ、各家が共通して食する菓子なぞ抑ありはせんかった。味付けなどは各家の裁量次第という訳での。なので儂としても、各家で食しておった菓子の仔細までは確言できかねるのじゃが……少なくとも儂のところで食べておったものと、他所に招かれた時に馳走になったメニューから判断すると……」
パートリッジ卿、そしてルパとロイル卿が口々に説明してくれたところによると……
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『やはり焼き菓子やパンケーキ、クリームの類が主流のようだな。スポンジケーキについては能く判らなかったが、あってもおかしくは無いだろう』
クロウのうろ憶えの雜知識によると、地球でスポンジケーキが誕生したのは十五~十六世紀にかけての事らしい。こちらの世界の文化がヨーロッパのそれと相似的に収斂している事を考えても、あるかどうかは微妙なところである。
とは言え――
『こちらの……想定と……そう……外れては……いないの……ですね……』
『由緒正しき洋菓子、って感じですね、マスター』
『プリンはどうなの? クロウ』
『あー……シャノアが言うのは「カスタードプディング」、もしくは「プリン」の事だよな? 茹でて作る料理としての「プディング」じゃなくて?』
カスタードを加熱して固めるのが「カスタードプディング」、ゼラチンや寒天を使って冷やして固めるのが「プリン」……と、クロウの中ではどうやら区別されているらしい。
これらとはまた別に、小麦粉や卵にラード・バターなどで作った生地に、あり合わせの肉や野菜・果物などを混ぜて味付けし、ナプキンで包んで蒸し煮にしたものが本来の「プディング」だと云うが……シャノアが言うのはこれではないだろう。
一応の確認を取った後に、クロウは訊き込みの結果と自分の見解を述べていく。
『まさか直球で訊く訳にもいかんから確証は無いが……それとなく話を振ってみたが出て来なかったから、無いと考えてもいいんじゃないか?』
『あら、だったら出せるわよね♪』
ウキウキと上機嫌のシャノアであったが……
『ただなぁ……歓迎会で出す事になると、モルファンの連中以外にも知られる訳だ。……〝ノンヒューム謹製の特製菓子〟という肩書きで』
『あー……』
『販売の要求とか陳情とかが、凄い事になりそうですね……』
『店員さんたちぃ、大変ですぅ』
『競合する菓子店は無いそうだから、他店の経営を圧迫する事にはならんだろうが……』
いっその事レシピを公開し、それを以てモルファンへの贈り物とするべきか。一同は頭を悩ますのであった。




