第二百五十八章 モルファン王女嗜好品問題 10.パートリッジ邸(その1)
眷属たちとの熱の籠もった討議の翌日、 回り諄い手管は面倒とばかりに、クロウは単刀直入にパートリッジ卿の屋敷でその疑問をぶつけてみた。
質問の相手はパートリッジ卿と、妙な成り行きで次男がイラストリアに留学するための下地作りを命ぜられた結果、済し崩しにパートリッジ邸に滞在しているロイル卿、それに偶々クロウに同行していたルパである。ちなみにマーベリック卿は、さすがに学園長としての仕事があるので戻っている。
クロウから質問を受けた三人――特にパートリッジ卿とルパ――は、一様に困惑の表情を浮かべた。
「貴族社会での菓子状勢?」
菓子情勢も何も、ノンヒュームの菓子が独占的な一強となっている事は、クロウも承知の筈ではなかったのか?
「新年祭での様子は、クロウもその目で見ただろう。皆が皆、ノンヒュームの出店に列を成していたじゃないか」
「そのノンヒュームに頼まれたんだよ。機会があれば調べてみてほしいと」
再び困惑の表情を浮かべる三人に、クロウはノンヒュームからの依頼内容――という事に口裏を合わせてある――を説明する。要はノンヒュームが関与しない状況での、言い換えるとノンヒューム参入する以前の菓子状勢が知りたいらしいのだと。
「既存の菓子店との軋轢を避けるためかどうかは知らんが、既知の菓子とは異なる品揃えでこの業界に名告りを上げただろう? そのせいなのか、どういった菓子類が普及・流通していたかの確認が、上手くとれていないらしい」
能く解らない説明を聞かされて、三人の表情も変わらず微妙なままであったが、とりあえずノンヒュームの言い分は――ふわっと――理解した。
「……クロウ君は、それを……?」
「えぇ。こちらに来る前に立ち寄ったエルギンで、顔見知りのノンヒュームに頼まれましてね」
「……以前に古酒を融通してくれたノンヒュームかね?」
「えぇ、まぁ」
ふむ――と、一応は納得したらしいパートリッジ卿とルパであったが、ロイル卿の方はまだ訊きたい事があるようだ。
「クロウ君、そのノンヒュームはなぜそういった質問を? 何か聞いてはいないかね?」
祖国マナステラがノンヒュームとの伝手を強化するのに血眼になっている、その現状を身に沁みて知っているロイル卿としては、エルギンのノンヒュームが何を気にしているのかは、是非とも知っておきたいところであった。
「詳しい事情までは知りませんが、どうもモルファンの王女留学が関わっているようでしたね。モルファンの菓子事情を考えているうちに、さっき挙げた内容が改めて気になった……という印象を受けました」
ぬけぬけと他人顔で話すクロウであったが、疑問を抱いた経緯は嘘ではない。最優先で知りたいのがモルファンの菓子事情という点も事実である。その事は三人にも通じたと見えて、
「ふむ……モルファンの菓子事情のぉ……」
「さすがにそこまでは……我が国は彼の国とは境を接しているとは言っても、そこまで深い交流はありませんし」
「イラストリアよりは寒いそうですから、食べられているものも違うでしょうが……」




