第二百五十八章 モルファン王女嗜好品問題 5.クロウ一味(その2)
『という事でマスター、第二弾っていうのは、何なんですか?』
瞳をキラキラと輝かせて問うキーンに、束の間ジト目をくれたクロウであったが、諦めたように答を返す。
『キャベツ……こっち風に言えばキャビットか? あれを考えているんだが』
ただ単にキャベツと言われても、それだけでは素材の名でしかない。首を傾げる一同であったが、キーンには心当たりがあったようだ。
『あ……ひょっとして、無限ナントカって、やつですか?』
『それだな。まぁ、レシピは色々あるようだが』
成る程、あれなら王女のお気に召すかもしれぬ――と、納得しかけた一同であったが、
『ただなぁ……少し気になる事もあるんだ』
『気になる事?』
『ですかぁ?』
『あぁ、生野菜を食べるなんて事が、こっちの王侯貴族に受け容れられるのかどうか』
『あ……』
『成る程、それがございますか』
作家を本業とするクロウの雑知識によると、地球世界の中世では、野菜など庶民の食べるもの、貴族たる者肉を食うべし――という風潮が罷り通っていたという。こちらの世界でも同じだとすると、野菜、それも生のものを食べるという行為が受け容れられるかどうか。
『……いえ……大丈夫では……ないでしょうか……』
『うん? ハイファ、どうしてそう思う?』
『生野菜が……貧乏臭いというのは……調理せずに……出されるからでは……?』
『あー……無限ナントカは、スープとか、ごま油とか、色々かけてるっけ』
『寧ろ、キャビット風情には贅沢な手間――と、取られるやもしれませんな』
『成る程』
――言われてみれば、そのとおりである。
あれは二十一世紀の地球だからこそ〝お手軽〟な料理であるが、鶏ガラスープの素だの麺汁だのごま油だのが揃っているかも怪しい――と言うか、十中八九揃っていない――この世界では、寧ろ手の込んだ料理とされる可能性が高い。
『あとはぁ、ノンヒュームの料理だってぇ、言っておけばぁ』
『あ、それもあったわよね』
『ふむ……ノンヒュームの文化を学ぶために来たという以上、その〝ノンヒュームの料理〟という触れ込みであれば、無下にする訳にはいかんじゃろうな』
『……だったら、他の野菜も使えるか? モヤシとかスプラウトとか』
『モヤシ……ですかぁ……』
『質素なのか贅沢なのか判らない食材よね、あれも』
モヤシなど安い食材の最右翼――というのは現代日本人の感覚であって、育ちきる前に収獲して食べると考えれば、これは贅沢な食材とも言える。同時にまた、育っても食用には適さないマメ科牧草などを食べる手段と考えれば、やっぱり質素な食材とも言える。
『ただまぁ、そのままでは食べにくいマメ科植物の種子を、場所と時期を選ばずに食材化するという点では使えるからな』
口裏を合わせるという意味でも、ノンヒュームたちに教えてみるべきか。モヤシという食材自体については、或いは既に知っている可能性もあるが、無限云々という酒の肴に変える調理法は、恐らくだが知られていないだろう。食材の質素さと調味料の贅沢さがアンバランスな気もするし。
『塩昆布が手に入れば好かったんだがな』
『ここみたいな内陸では難しいですよね、主様』
『抑、昆布を食材として見ているかどうか』
まぁとにかく、イラストリアに提案する〝酒の肴〟は揃ったようだ。




