第二百五十八章 モルファン王女嗜好品問題 4.クロウ一味(その1)
イラストリアからノンヒュームにもたらされた情報と提案は、流れるようにクロウに共有された(笑)。最早この辺りの手順は確定した観がある。
ノンヒュームたちにしてみれば、イラストリアの提案は悪いものではないと思えた。ノンヒュームとモルファンの友好をアピールする事は、確かにテオドラムに対する圧力になるだろう。それを抜きにしても、モルファン王女の好みというのは、知っておいて損は無い情報である。
ただしノンヒュームたちの認識としては――クロウ本人の自覚はどうあれ――対テオドラム情報戦の指揮を執っているのはクロウである。ゆえに、これについての決定もクロウの判断待ちという事になっていた。
そして当のクロウはというと……
(ノンヒュームの連中はともかくとして、こっちとしては「災厄の岩窟」の件で、モルファンには借りがあるからな……)
――と考えていた。
何の事かというと、クロウが引き起こした「災厄の岩窟」の騒動を、モルファンが冷静な突っ込みと弾劾で鎮めた一件である。
モルファン側の思惑が那辺にあったにせよ、あれで騒ぎが沈静化したのは事実であり、それでクロウが助かったのもまた事実である。である以上、モルファンには然るべきところで借りを返しておきたい。
それに、ノンヒュームたちも言っているように、これが対テオドラム戦略に好都合なのも事実である。
そう考えて、クロウが下した決断は――
『連絡会議に諮ってみる必要はあるだろうが、ここはイラストリアと歩調を合わせるべきだと思う。そこで問題は、こっちがどういうアクションを起こすかという事になる』
『ご主人様としては……どういった方針を……お考えですか……?』
『基本的には二つ考えている。まず第一に、イラストリアから問い合わせのあった、王女向けの酒の肴……と言うのも何かおかしいが、要するに適当なつまみを何か提案したい』
『こういうのはキーンのお得意よね』
『えー……? 僕、お酒飲んだ事無いですから、お酒に合うかどうかは解りませんよ?』
『……実際に酒に合うかどうかは、この際考えんでいいと思うが……ま、俺にも腹案が無い訳じゃない。それは後の話として――』
ここでクロウは一旦言葉を切って、改めて居並ぶ眷属たちを見回した。
『二つ目だが……イラストリアとは別個にノンヒュームとしても、モルファンに何か提供すべきではないかと考えている。まぁ友好の印ってやつだな』
『どう違うの? クロウ』
『イラストリアへの提案とした場合には、イラストリアが自分たちの手で供給できるものを提案してやる必要がある。対してノンヒュームからの提供という場合は、そういった制約を考える必要は無い』
『多少無茶なものも提案できるって訳ね』
『おぃシャノア、俺は別に無茶なものを提案するつもりは無いぞ? 抑イラストリアの顔を潰すような真似はできんのだから、その辺りも按排してやる必要があるしな』
『政治的な……判断が……必要になると……いう……事ですね……』
『まぁ実際には、その辺りは連絡会議の判断に任せるさ。俺は候補を提案するだけだ』
――という感じで基本的な方針が決まる。
そこで手始めに、イラストリア向けに提案する〝王女の酒の肴〟であるが、
『二つほど候補を考えている。第一は枝豆で、或る意味これが本命だな』
『枝豆ですかぁ』
『確かに妙案でございますな』
呼び名こそ違うが、この世界でも大豆に相当する作物は栽培されている。ただし、未熟な段階で収穫したものを茹でて食べる、所謂「枝豆」という食べ方は知られていない。恐らくは貯蔵作物としての需要が大きいせいだろうとクロウは考えているが、枝豆が知られていないというなら、その食べ方の情報は有益である筈だ。
『一つ懸念があるとすれば……前に枝豆の食べ方を教えた事があるんだよな』
クロウは以前、ガズというエッジ村の村人に、枝豆の食べ方を教えた事がある。その時は、クロウ本人が枝豆を食べたいと思ったので、ついでに教えただけなのであったが……今や枝豆はエッジ村の食卓に無くてはならぬものとまでなっている。
その事が他所に漏れた場合、クロウの名が浮かび上がる可能性があるし、それでなくともエッジ村にこれ以上の関心を持たれるのは好ましくない。
尤も至極なクロウの懸念はしかし、シャノアによって一蹴される。
『今更じゃないの?』
『おぃ……シャノア……』
身も蓋も無いシャノアの台詞に、クロウが異議を唱えようとしたところで、
『まぁこれに関しては、シャノアの言い分に理があるじゃろうな。それに――』
クロウが何か言いかけたのを制して、爺さまは言葉を続ける。
『幸か不幸かエッジ村はエルギン領で、連絡会議の事務所があるのもエルギン領じゃ。ノンヒュームたちと口裏を合わせておけば、枝豆とやらの件もノンヒューム経由で知ったように、装う事は可能じゃろうよ。村人たちもお主の事は伏せてくれておるようじゃし、の』
――斯くして後顧の憂い無く(?)、枝豆情報の提供が決まったのであった。




