第二百五十八章 モルファン王女嗜好品問題 3.イラストリア王城(その3)
「いえ……自分が気になったのはピクルスの事です。あれなら酒のつまみにもなりそうなのに、リストには載っていないな、と」
「あ……確かに」
「ピクルスなら酒の肴にもなりそうだよな、確かに」
何かの理由があってピクルスを、或いは野菜を敬遠しているのなら、これは確かめておく必要がある。アレルギーでもあったら大変ではないか。
「もっと単純に、北国のモルファンではピクルスに向いた野菜が穫れないというだけかもしれませんが」
「それはそれで使えそうな話じゃのう」
「まぁ、使える手があるに越した事は無いな」
――という事で、「ピクルス」という候補が一つ挙げられる。
「野菜って言われて気付いたんだがよ、堅果の類も思ったより少なかねぇか?」
リストには松の実とハシバミが載っているが、逆に言えばそれだけである。南方性のアルマンはまだしも、クリもクルミも載ってない。
「ふむ……それこそ酒の肴に向かんからではないのか?」
「酒の肴にゃ向かなくたって、菓子の材料にゃなるでしょうよ」
「いや……逆に菓子の材料としてしか見ておらず、名を挙げなんだ可能性は無いか?」
「いえ、クリやクルミなら、面倒な加工をせずともそのまま食べられます」
「木の実なんて素朴なもんは、あちらさんのお口に合わねぇのかもしんねぇぜ?」
「松の実とハシバミが載っておる時点で、それは無いじゃろう」
「塩なり砂糖なりを塗してやれば、それなりの一品になりませんか?」
「まぁ……確かにな」
「……ひょっとしてモルファンでは、クリやクルミはあまり栽培されていない……いえ、目にする機会も少ないのかもしれません」
「だったらこれも候補になるか……」
……とりあえず、候補の二つ目が挙げられたようだ。
「あとは正攻法で肉ですかね」
「干し肉とかの類か?」
「その辺りは料理長に任せていいじゃろう。素材だけでなく、加工法も含めて――の」
「ですな。無骨な軍人の手にゃ負えませんや」
――と、話が纏まりかけたところで、
「あとは、ノンヒュームに協力を頼む手ですね」
……全てを引っ繰り返すのが、ウォーレン卿という人物である。
「おぃおぃウォーレン、そう何でもかんでもノンヒューム頼りってのも情け無いし、ノンヒュームからも呆れられる……くらいならまだしも、愛想を尽かされるんじゃねぇのか?」
珍しくもローバー将軍の台詞に頷く国王と宰相であったが、ウォーレン卿はその様子をチラリと見て、
「ですが――ノンヒュームを完全に蚊帳の外に置くのも、それはそれで拙いのでは?」
「う……む」
「そう言われれば……」
少なくともこの先の事を視野に入れれば、王女の嗜好についての情報ぐらいは、ノンヒュームにも流しておいた方が良いかもしれぬ。
「我々が知らない食材や料理も、ノンヒュームなら知っている可能性があります。それに、ノンヒューム頼りというのは我々から見ての事で、モルファンにはそう取られない筈です。寧ろ、ノンヒュームとの繋がりを示すのに使えるでしょう」
「ふむ……」
「言われてみれば……」
「けどよウォーレン、モルファンはそれで誤魔化されるとしても、肝心のノンヒュームにゃどう説明する気だ?」
「情報提供の対価として、モルファンとの間を仲介すると言うのはどうでしょう?」
「うん?」
ウォーレン卿の提案は、図らずも三人の意表を衝いたようであった。
いや、外交上では当たり前の手であるのだが、ノンヒュームがそういう「外交」を好むかというと……
「ノンヒュームがモルファンに興味を示すってのか?」
「彼らはどうやら、テオドラムに含むところがある様子。それを考えれば、大国モルファンとの繋がりは、彼らとしてもあって損にはならぬかと」
「ふむ……」
「ノンヒュームの対応がどうあれ、我々としては、とりあえずこちらから打診したという既成事実が必要でしょう」




