第二百五十八章 モルファン王女嗜好品問題 2.イラストリア王城(その2)
「工夫を凝らした料理ではなく、気軽にいつでも誰でも――それこそ平民でも食べられるものを示した事に、何らかの意図があるのかもしれません」
――と続けた。
国王と宰相はその発言を吟味しているようであったが、ウォーレン卿の上司であるローバー将軍は懐疑的であった。
仮にも一国の王家の食事である。こう言っては何だが、第三王女風情がメニューに口を出せるものか?
「考え過ぎじゃねぇのか?」
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。或いはもっと単純に、あまり手をかけたものはお好みでないのかもしれません」
「むぅ……」
ウォーレン卿はさらりと可能性を指摘したが、それはそれで問題であった。モルファンが王女の好みについて、詳細な情報を明かさなかったという事になるのだ。
それに――
「この書状からは好みの食材は判りますが、好みの食べ方は判りません。例えばソーセージ一つ取っても、焼くのか茹でるのか、それともスープの具とするのか、何一つ記してありません」
「ふむ……正直考え過ぎかと思うておったが……記述の不完全さを考えるに、モルファンがこちらを試しておる――という可能性は捨てきれぬか」
宰相の同意に続いて、他の二人も頷きを返す……が、考え過ぎである。
モルファン側は単に、アナスタシアの記した回答をそのまま寄越しただけだ。深い考えなどそこには無かった。寧ろ言葉が足りなかったせいで、イラストリア側に余計な疑心を生んだ訳で、その点ではモルファン外務部が責めを負うべきであろう。
まぁ、他に頭を悩ます事が多過ぎて、そこまで気が廻らなかった……というのも哀れな事実なのであるが。
ともあれ、モルファンの内情はさて措いて、今はイラストリアの話である。
「――ですから最上の対応策としては、工夫を凝らした料理ではなく、気軽にいつでも誰でも――それこそ平民でも食べられるもので、王女殿下を満足させる事が望ましい……そう考える事ができます」
「料理は料理として工夫した上で――か」
「はい」
「けっ、勝手な贅沢を言いやがって」
例によって例の如く不平を吐いたローバー将軍であったが、不平だけで終わらせないのが、将軍の将軍たる所以である。
「……まぁあれだ、要は酒の肴を出しときゃいいんだろう」
「簡単に仰いますが、心当たりはおありですか? 抑自分など、ここに書いてあるのがどういう代物なのかすら、見当が付かないんですが」
「まぁ、これでも酒飲みの端くれなんでな。大体のところは見当が付く」
――と、迂闊に大見得を切ったばっかりに、
「ふむ。それではこの件はイシャライアに任すとするかの」
などと言われて、ローバー将軍は慌てる事になった。これ以上余計な面倒を押し付けられて堪るものか。
「謹んでご辞退申し上げますぜ。こりゃ軍の仕事じゃねぇ、外務の仕事でしょうが。マルシングの爺にやらせりゃいいでしょう」
「国難の時にそのような縄張り意識は捨てるべきじゃろう」
「国難の時だからこそ、各人がその本分を尽くすべきなんじゃありませんかい」
モルファンからの友好的な申し出を〝国難〟呼ばわりはどうかと思ったのか、ここで国王が別視点からの介入を試みる。
「しかし……子供に酒の肴ばかり出すという訳にもいかんのではないか?」
「ふむ……確かに」
「まぁそりゃ――おぃウォーレン、何か良い知恵は無ぇのか」
〝酒の肴でなければ、尚更自分の出る幕ではない〟――脊髄反射でそう返そうと思ったローバー将軍であったが、それも大人気無いと思ったのか、問題をウォーレン卿に丸投げした。まぁ、これも充分に大人気無い振る舞いなのであるが。
で――そのウォーレン卿であるが、これくらいの無茶振りは日常茶飯事らしく、顔色も変えずに応じてみせる。
「そうですね……良い知恵という訳ではありませんが、気になった事が少し」
「ほぉ……何かな?」
「モルファンからの回答には、野菜や茸の類が記されていません。それが少々気になりました」
――地球世界の中世ヨーロッパでは、貴族は肉ばかり食べて野菜はほとんど摂らなかった……という話もあるようだが、こちらの世界では、王侯貴族と雖もそこまで極端は偏食はしていない。なのでウォーレン卿の疑問も、国王と宰相には一理あると受け止められたようだが、ローバー将軍の意見は違っていた。
「そりゃ、酒の肴に向いてねぇってだけじゃねぇのか?」
第三王女が呑兵衛という事はなくても、食の好みが左党寄りなら、そういう事もあるかもしれない。
しかしウォーレン卿の視線は、もう一歩先を見ていたようだ。




