第二百五十八章 モルファン王女嗜好品問題 1.イラストリア王城(その1)
王女の好みについての問い合わせに対する、モルファンからの丁寧な回答を受け取ったイラストリアはと言えば……
「……魚卵の塩漬けにタラの肝、炙った鮭の皮にクラーケンの塩辛、チーズにサラミソーセージ……って、こりゃ本当に王女様の好物なんですかぃ? オヤジの酒の肴じゃなくって?」
……有り体に言って困惑していた。
ローバー将軍の台詞ではないが、質問状にどこか行き違いがあって、国王本人の嗜好が返って来たのではないかと怪しんだくらいである。
尤も末尾の追伸に、イラストリア側が困惑する事を見越してか、王女の嗜好が一風変わっている旨の追記があったため、手違いの懸念は払拭されたのであったが。
「一応甘いものもリストに載ってますよ。フルーツと……菓子は小麦か何かの粉に砂糖を混ぜたもので、舶来品のようですが」
ウォーレン卿の言葉から察するに、どうやら日本の求肥、或いはトルコのターキッシュデライト(ロクム)という菓子に似たもののようだ。ただ、問題なのは……
「……そのような菓子、我が国でも作っておるのか?」
「さて……クリームを用いた菓子は作っておりましたが……」
イラストリア国内で入手できるかどうか、それすら怪しいという点である。
「ま、甘味の方はノンヒュームに丸投げすりゃいいでしょうよ。どうせモルファンの連中も、ノンヒュームの菓子目当てにやって来る……って、カールシン卿が言ってなすったんじゃ?」
身も蓋も無い発言であるが、これはローバー将軍の言うのが正解であろう。
「何でもかんでもノンヒューム任せというのは、一国の態度としてどうかと思うが……」
情け無さげに呟く国王であったが、そんな心情を斟酌するようなローバー将軍ではない。身も蓋も無くスルーして、
「問題は菓子以外でしょうよ。オッサン臭い珍味のご注文はどうするおつもりで?」
「それじゃな。……言うておくがイシャライア、〝オッサン臭い〟云々は、この場以外で口にするでないぞ?」
宰相の苦言にローバー将軍は肩を竦めただけで答え、そんな様を横目に見ながら国王は宰相に問いかける。
「まず、チーズとサラミソーセージは大丈夫か?」
「おそらくは。モルファンのそれが我が国のものと異なっておる可能性はございますが」
「それは後で確かめさせればよかろう。で、それ以外だが……海産物の加工品が多いな」
国王が顔を顰めるのも宜なるかな。海港を持ち海外貿易が盛んなモルファンと違い、イラストリアは純然たる内陸国。海産物の手配は難しい。
「書状に拠れば、王女殿下が嗜まれる分は、モルファン側が持たせてくれるとの事でございますが」
「何だったら買ってくれ――って含みじゃねぇんですかい?」
「恐らくは――の。じゃがそれよりも、我が国では海産物の入手は難しいと、モルファンも承知しておるという事が肝要じゃて」
「つまり――海産物以外で、同じくらいお気に召すものを用意する必要がある。そういう事ですね」
ウォーレン卿の総括に、国王も宰相も頷くが、独りローバー将軍だけは疑い顔である。
「そこまで気を遣う必要があんのかよ? 料理の献立の参考にするってのが抑の話だったんだから、これで当初の目的は果たしたんじゃねぇのか?」
後は料理長に任せてしまえというのが、ローバー将軍の言い分であった。これはこれで筋の通った意見である。
「世間でも、〝粉は粉屋に挽かせろ〟って言うぜ?」
「確かにそうですが、モルファン側が寄越した回答が、何れも料理でないという事が問題です」
聴衆の視線が自分に向いたのを確かめたウォーレン卿は、考え過ぎかもしれないがと前置きした後で……
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