第二百五十七章 モルファン~王女留学を控えて~ 6.モルファン内務部
一月も終わろうかという頃、モルファン王国の内務部は……
「どうだ?」
「駄目だ。冒険者どもめ、東部に入り込んで戻って来ようとせん」
「やつらを当てにしたのが裏目に出たか……」
「どうする? 王女殿下の留学は五月。それまでに道路の整備が終わらなかったら……内務部はただでは済まんぞ?」
……道路整備の進捗状況に関して、明確な危機感を抱くようになっていた。
なぜまたこういう事態になっているのかと言うと、
「全く……外務のやつらが余計な真似をするから……」
「止せ。外務のバk……連中だって、ここまでの事態は想像できなかっただろうよ。それが連中の限界だっただけだ」
「それでこっちに迸りが来るのは納得できんがな!」
「全くだ」
……モルファン外務部が、イラストリア王国への手土産として選んだドラゴン素材。あれが祟っていたのである。
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少しばかり余談になるが、ここでこの世界のドラゴンとドラゴン狩りについて、一齣触れておくとしよう。
ドラゴン。一応は地球で言うところの爬虫類に属するであろうこのモンスターは、その体温調節の仕組みにおいても、一般の哺乳類とは一線を画していた。巨体を利した慣性恒温性のシステムを採用していたのである。
凡そ物体の体積は長さの三乗に比例し、表面積は長さの二乗に比例する。ゆえに、物体のサイズが大きくなるほど、体積に対する表面積の割合は小さくなる。
一方で、生物がその身体に蓄える熱量は体積に比例するが、体表から失われる熱量は表面積に比例する。
言い換えると、生物のサイズが大きいほど、失われる熱量の割合は小さくなる――つまり保温が容易になる。
こういった条件下では、能動的に熱を産生して体温を維持する仕組みは発達しにくいと考えられ……少なくとも、この世界のドラゴンにおいてはそうであった。
ちなみに高温条件下では、巨体の熱慣性が仇となって放熱が難しくなるのだが……紙面の制約もあり、ここではその話は割愛しておく。
さて、前置きが些か長くなったが、要するにドラゴンは――短時間ならいざ知らず――長期間の低温の下では活動が鈍くなる……つまり狩り易くなるのである。ゆえに、ここモルファンにおいては、冬というのはドラゴン狩りのシーズンに当たっていた。
そして――そういった事情を知らない外務部がドラゴン素材の発注をかけたのが、丁度その時期だったのである。
……もうお解りだろう。
モルファン王国直々のドラゴン素材発注に奮い立った、そして一攫千金を夢見る冒険者たちが、挙ってドラゴン狩りに走り……道路整備の人員が涸渇するという事態を招いたのであった。
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「まぁ、あれだ。もう少しして気候が暖かくなると、ドラゴン狩りのシーズンも終わる。そうすれば冒険者たちも戻って来るだろう」
「時期としては……三月後半から四月にかけてか」
「それまでは騎士団などを動かして、できる範囲でチビチビと作業を進めておくしかあるまい」
「人手不足についてはもう少しの辛抱だが……問題点はもう一つあるな」
「うむ、飛び切り厄介なのが――な」
五月という留学のスケジュールは動かせず、人員の手配が三月後半にならないと終わらないとなると……三月後半から四月中に、一気に作業を終わらせるしか無い。
という事は、作業のスケジュールを大幅に改めなくてはならないという事である。
そして――問題はそこに留まらず、
「膨大な人員を一気に投入するんだ。食糧や住居、廃棄物処理なども問題になる」
「マジックバッグだけでは……足らんか?」
「無理だな。新たに購入するにしても、臨時予算を組まねばならん」
「予算に関しては今更だろう。どうせ作業員の日当その他で、大幅な修正が必要になるんだ」
「……財務部への説明には外務のやつらを連れて行く。それくらいの後始末はやってもらわんとな」
「予算についてはともかく……人員の手配は本当に間に合うのか?」
「間に合わせるしか無い。いざとなったら港湾労働者を掻き集めてでも――な」




