第二百五十七章 モルファン~王女留学を控えて~ 5.外務部(その2)
国内で盛んに製造されているものと言えば酒があるが、あれは飽くまで自分たちが飲む分である。抑モルファンにとって、酒は輸入品ではあっても輸出品ではない。
モルファンの特産品の一つに蜂蜜があり、それを原料とした蜂蜜酒の生産は盛んであるが、ノンヒュームが造る酒に太刀打ちできるようなものではない。原料の蜂蜜そのものにしても、ノンヒューム製の砂糖が普及しているイラストリアに持ち込んだところで、〝ふーん〟と言われて終わるような気がする。
シラカバに似た広葉樹の樹皮細工もあるが、あれも良く言って「素朴」、悪く言えば「貧相」な代物であり、少なくとも自国の特産品として他国の王家に持ち込めるものかと言うと微妙である。
「毛織物というのがあるにはあるが」
「あれもなぁ……民間の需要が大き過ぎて、精緻な工芸品は育っていないからなぁ……」
「うむ。そういうのは全て交易で賄っていたからな」
「そのツケがここへ来た訳か……」
北国だけあって毛皮や毛織物は生産も需要も大きいのだが、民間向けの安価な製品の需要が大きく、ペルシア絨毯のような工芸品が発達するには至らなかったらしい。
「そうすると……海産物の加工品か?」
北海に面したモルファンでは、タラの肝や魚卵の塩漬けをはじめとして、海産物の加工は盛んであった。高価で珍味なのは確かなのだが、
「ノンヒュームの菓子に対するに、こっちが出すのは酒の肴か?」
「いや、味と品質には自信があるんだが……」
「渋過ぎて華やかさに欠けるよなぁ……」
「いや、案外ノンヒュームには喜ばれるかもしれんが」
「あぁ……古酒やビールのお供にか」
「しかし……国から国への贈り物としては……」
メインを張るのは難しいかもしれぬ。
「まぁ、あれだ。どうせ王女殿下がお持ちになるんだから、そのついでに準備しておいて悪くはないだろう」
「……殿下が食べ尽くさねばいいのだがな」
憖アナスタシア王女の渋い好みを知っているだけに、その懸念を一笑に付せない一同。……見積もりを少し増やしておいた方が良いだろうか。
「そうすると、残る候補としては……」
「ドラゴンの素材ぐらいじゃないか?」
以前にも少し触れたが、モルファンの東部にはドラゴンの棲息域が広がっている。そしてモルファンの冒険者は、それなりの頻度でドラゴンを狩る事に成功しており、その素材もそれなりに流通していた。
対してイラストリアでは、ここ数年の間にドラゴンの出没が噂に上っているのだが、国内でドラゴンの素材が流通したという噂は聞かない。
……実は、エルフたちの間にはクロウ謹製のドラゴンナイフが出廻っているのだが……その数は人族たちの間に出廻るほど多くなかった。そのため、ノンヒュームの間に伝手を持たないモルファンの冒険者――に、扮した密偵――は、その事実を探り出せていなかった。
ゆえに――
「ドラゴンの素材であれば、イラストリア王家への贈りものとしても相応しいだろう」
「そうだな。早急に手配する事にしよう」
……外務部の判断としては決して間違っていないのだが、これが思わぬところへ思わぬ形で波紋を投げかける事になるのは、もう少し先の事である。




