第二百五十七章 モルファン~王女留学を控えて~ 4.外務部(その1)
時計の針を少し巻き戻して昨年の十二月下旬、王女留学を翌年の五月に控えたモルファン国王府では、関係各位が八面六臂の大車輪で事に当たっていた。
ここ外務部もその例外ではなく、外務卿から雷を落とされた随行メンバー選定の件以外にも、頭を悩ませる案件が目白押しとなっている。そしてその筆頭が――
「イラストリアへの手土産か……」
「仮にも王女殿下が留学遊ばすんだ。手ぶらという訳にもいかんだろう」
「適当なものでお茶を濁す……という訳にはいかんのだろうな」
「何しろ、先方というのがあのイラストリアだからな」
他の国ならいざ知らず、留学先はあのイラストリアである。モルファンとして気になるのは、実際にはそこに間借りしているノンヒュームであるが――
「だからと言って、家主たるイラストリアの顔を潰す訳にもいくまい」
「うむ。イラストリアにはノンヒュームとの仲介の労を執ってもらわねばならん。機嫌を損ねるなど論外だ」
「それ以前にだ、下手なものを送るとモルファンの沽券に関わるぞ」
「何しろ相手は、あのイラストリアだからなぁ……」
実際にはノンヒュームがもたらしたものであるとは言え、イラストリアの国王府から国民に至るまでが、それらを享受しているのは事実である。ここでつまらぬものを贈って、〝大国モルファンもこの程度か〟――などと侮られる訳にはいかない。
そこまではすんなり話が纏まったのだが……
「具体的に、何を手土産にするのかと言われると……」
そこで話が進まなくなったらしい。
「まず思い付くのは舶来品だが……」
「止めておいた方が無難だろうな」
北の大国モルファンは、海外貿易でもその名を成している。ゆえに舶来品というのはあり得る選択肢であったが……今度ばかりは相手が悪かった。
凡そ舶来品の価値を高からしめているのは、一に懸かってその珍奇性・稀少性にある。しかしながら……
「ノンヒュームが持ち込んだ品々以上に新奇で稀少なものを思い付くか?」
「候補なら幾つか挙げられるが……」
「それらをノンヒュームが供給できないかと言われると……」
何しろ相手は、〝沈没船からのサルベージ〟などという掟破りの大技を繰り出してきたノンヒュームである。古酒だの古陶磁だの幻の革だのといった珍品を前にしては、そんじょそこらの舶来品など霞むというもの。それどころか……
「……『ボラ』といったか? カールシン卿が報告して寄越した飲み物は?」
「あれ以来、八方手を尽くして調べているのだが……未だ正体が掴めておらん」
漂着した船荷に入っていたくらいだから、ローク豆が交易の対象となっているのは確かなのだろうが、少なくともこちらの大陸では知られていないもののようだ。
「そんな代物をあっさりと出してくる相手だ。余程のものでなければ見劣りがするぞ?」
「うむ。新奇性や稀少性で太刀打ちしようとするのは悪手だろうな」
そうすると……モルファンならではの特産品で勝負に出るべきか?
「モルファンの特産品と言われてもな……」




