第二百五十七章 モルファン~王女留学を控えて~ 3.王女アナスタシア(その2)
「ねぇミランダ、好き嫌いを答えるのは別にいいんだけど……わたしの好みの食べ物って、イラストリアにあるのかしら?」
「あちらは内陸ですから……海産物は難しいかもしれませんね」
……まぁ、塩辛や酢蛸、タラ肝の入手など、確かにイラストリアでは難しいであろう。
「ですけれど、その分はこちらから持参すればいい訳ですし」
「そうね。お父様に言って、準備してもらわないと」
「海産物の加工品なら、手土産に持参するのもいいでしょうし」
「乾き物はそれでいいとして、甘味の方はどうなのかしら?」
前にも触れた事があるが、大国モルファンではその版図の広さが災いして、王都モルトランに近付くほどイラストリアとの距離が遠くなる。そのため輸入品が運搬の途中で買い占められ、王都にいる者ほど味わう機会が少なくなるという不具合があった。
王族とてその例外ではなく、嘗てイラストリアに派遣した使節団が持ち帰って来たものだけが、ノンヒュームの味を伝える縁となっていたのである。
そして、それ以外では……
「カールシン卿からの報告では、ラップケーキ・ワタガシ・ゼンザイなどは何れも、素朴な甘味が楽しめたそうですが」
「イラストリアへ行ったら食べられるのかしら?」
「さぁ……何でもゼンザイは季節商品だそうですし、他の二品もほぼ祭の限定品だそうですから」
「カールシン卿が確保している分だけが頼みの綱ね。わたしのところにまで廻って来るかしら」
新年祭の菓子については既にカールシン卿からの報告が届いているようだが、その実物は届いていないらしい。マジックバッグに保管しておけば、味わいを損なう事無く運搬できるのではないか――と、お考えの向きもあろうが、それは実際には難しかった。
何しろマジックバッグといえば、それなりのお値段がする魔道具である。いかなカールシン卿とて、多数を持って行く事は叶わなかった。もし菓子を収納したマジックバッグをモルファンに送っていたら……途中で盗まれる危険性には目を瞑るとしても、マジックバッグの無い時に、ノンヒューム謹製の何かが売りに出されたとしたら……
美味珍味が確保できなくなるという悲劇の可能性を考えれば、マジックバッグを不用意に返送する危険は冒せない。
それより、カールシン卿にはそのままノンヒューム製品の確保に邁進してもらい、来る五月にそれらを持ち帰ればいいではないか。代わりのマジックバッグはその時に支給すればいい。
――という事情によって、王女と雖もノンヒュームの限定菓子に接する事は叶っていないのであった。
「それにしても……そのうちどこかへ遣られるだろうとは思っていたけど、それがまさかイラストリアだとは思わなかったわ」
「抑の話、王女様方が他国へ出られる事自体が珍しいですから」
大国モルファンは大国であるがゆえに、他国との婚姻外交に力を入れる事は少なかった。……と言うか、それより先に国内での婚姻外交の方を優先してきた。そんな婚姻外交の一環として、自分も孰れはどこかに嫁ぐのだろうと達観していたところ……ここへ来て「留学」などという話題が口の端に上るようになってきた。
留学というからには、自分も勉強しなくてはならないのか――と、内心で密かに戦々兢々としていた王女であったが、
「学ぶべき内容が例の無い分野になるだろうから――って、留学前に勉強が追加される事は無かったのは幸いだったわ」
「どちらかと言えば、イラストリアで学ぶべきはノンヒュームとの付き合い方になるでしょうし」
「退屈な講義にならない事を祈るばかりね」
「お嬢様は居眠りがお得意ですからねぇ」
「………………」




