第二百五十七章 モルファン~王女留学を控えて~ 2.王女アナスタシア(その1)
一月も半ばを迎えようかという頃、モルファン王城内の一室にて、
「お嬢様、イラストリア王国からの問い合わせが届いております。パーティでのお食事を用意するに当たって、食べられないものやお好みでないもの、そして……宜しければお好みのものを教えて戴きたいとの事でございます」
「好き嫌い……正直に答えていいのかしら」
「それに関しては、陛下よりお言葉を賜っております。〝変な見栄を張って、向こうに行った時に苦労するのはお前だぞ〟――との事でございました」
表情も変えずに報告する侍女を見て、その主と覚しき少女は軽い溜息を吐いた。
「さすがお父様……実の娘に対する物言いもストレートよね」
「要不要、或いは向き不向きというものを学習なさった成果だと思いますが」
国王の言葉も然る事ながら、この侍女の言葉も大概であるが……では、そのような形容と対応を向けられているこの少女――モルファン王国第三王女アナスタシア殿下とは、一体如何なる人物であるのか。
まず第一にその為人であるが……淑やかそうな名前に似ず、幼少時から元気で活溌、はっきり言ってしまえばお転婆で、ダンスより木登りやチャンバラの方が好みという性格であった。
これに関しては幼い時分、お伽噺に出て来るお姫様が何かというと卒倒する事に疑問を持ち、モンスターや悪者に出会う度に卒倒せず気を確りと保つだけで、勇者様は随分楽になるのではないか――と考えたのが、その性格の大元にあるのだから、大人たちもこれを咎める事ができなかったようで……結果としてその行動を容認する事になり、今のような性格が出来上がったという裏事情がある。
次に、今話題になっている好き嫌いの事であるが……実はこの王女殿下、食の好みが一風変わっていた。
――とは言っても、別に如何物食いの下手物舌という訳ではない。
クリームよりも求肥のような菓子が好物で、その一方でキャビアや塩辛、魚の干物にも目が無いというだけである。多少好みに渋いところはあれど、誹られる謂われなどどこにも無い。老齢の宰相と、酒のつまみの話で盛り上がれるからといって、それのどこが悪いと言うのだ。
これに関しては――
〝悪いところなどございません。ただ、同じお年頃の令嬢としては、少しばかり聞こえが悪……いえ、毛色が変わっているだけでございます〟
――というのが、家族や臣下たちからの素直な評価であった。
まぁ、王女の渋い好みをあえて晒す必要も無いだろうと、外向きには適当に言い繕ってきたのであるが、この度イラストリアへ留学するに当たって、その方針に修正を加えねばならなくなった訳である。
ちなみに――
〝婚約者として押し付けたら、下手をすると不当表示を糾弾されかねんが……留学という形でなら、そこまで問題にはならんだろう〟
〝……我が国の評価が些かアレな事になる懸念はございますが〟
〝まぁ……あれだ、一周回って親しみを持たれる可能性とて、無きにしも非ずだし〟
――という会話が某所で交わされた事については不問とされたい。




