第二百五十六章 エッジ村発ファッション波紋 8.アバンドロップ~とばっちり~(その1)
「アバン経由で我が国に入国する者が増えている? ……何か問題があるのか?」
マンディーク商務卿からの報告に当惑の声を上げたのはレンバッハ軍務卿であるが、居並ぶ他の国務卿たちも、その内心は同じようなものらしい。
テオドラム王城の一室、恒例の国務会議の一幕である。
「入国者――まぁ、大半は中小の商人なのだがな――が増えている事自体に問題は無い。問題なのは、それに付随して起きている事態なのだ」
そう言われても、他の面々は当惑の色を深めるしか無い。入国者数が増える事で生じる不具合? 経済摩擦でも発生したというのか?
「そこから先は私が話そう」
――と、マンディーク商務卿に代わって名告りを上げたのはメルカ内務卿であった。……益々事情が解らない。
「このところ国民たちの間に、不当な噂が流れている。……具体的にはシュレクの村の状況についてだ」
「シュレクだと?」
「ダンジョンの情報が流布しているというのか?」
シュレクのダンジョン「怨毒の廃坑」は、その凶悪な毒性によって、侵入者を拒んでいるダンジョンである。
ダンジョンが侵入者を拒むという事態の不可解さに思いが至らなかったのは、テオドラム国務会議の面々がダンジョンについて無知であったためで、この時はそれが問題になる事は無かった。
――問題になったのは別の事である。
繰り返すが、シュレクのダンジョン「怨毒の廃坑」は、内部への侵入を拒んでいる。そのため、あのダンジョンについての情報はほぼ皆無と言ってよい。
その情報が、自分たち国務会議を差し置いて愚民どもに流れているというのは業腹だが……ともあれ、その情報が有益なものであるなら、それを吸い上げるに躊躇いは無い……
「いや、諸君の熱意に水を注すようですまんが、話題になっているのはダンジョンの事ではなく、シュレクの村の状況なのだ」
「……村?」
「あぁ……採掘人たちの家族を住まわせていた村か」
「あそこはダンジョンモンスターたちに蹂躙されたと報告にあったが?」
読者諸氏のご記憶を新たにしてもらうために、ここでシュレクの「村」について、一齣述べさせてもらう事にしよう。
シュレクの村は元を質せば鉄鉱山の労働キャンプである。
採掘される鉱石が砒素を含んだものであるため、それを取り除くために所謂「亜砒焼き」を行ない、有毒な砒素が辺りに放出される。それが採掘に従事する者の健康を――と言うより生命を――害するため、真っ当な民に採掘作業を強いる訳にはいかず……結局のところ、不法・違法・脱法・触法の各手段で集められた奴隷を、鉱山労働者として使い潰す方針が採用された。
その「奴隷」たちを逃がさないための謂わば「人質」として、彼らの家族を拉致拘引し、監禁のための居住地が整備される事になった。それが「鉱山村」――現・ダンジョン村――の起こりである。
クロウがその鉄鉱山をダンジョン化するに当たって、そこで命を落とした亡霊たちも配下に加える事になった事で、彼らに対する福利厚生の一環という意味もあって、村の状況についても改善を加える事になった。
その結果、「鉱山村」改め「ダンジョン村」となった村人たちの畏敬と崇拝が天井値を更新する勢いで上がった事については既に述べた。
一方でテオドラムの当局である。
シュレクの状況が――「ドラゴン」の出現以来――判らなくなっていたため、偵察の意味で軍の一部隊を派遣したのだが……この連中が上から下まで夜郎自大の差別主義者にして安本丹であった。
理不尽な怒りに駆られて村人に、それも頑是無い子どもに手を挙げ……どころか剣を振り上げたところで、クロウが護衛のために派遣していた骸骨の勇士たちがこれを阻止、クズのテオドラム兵を叩き出した。
この件については、後になって吟遊詩人たちが広く喧伝する事になるのであるが……それはこの場では措くとして、叩き出されたクズ部隊の報告である。
上から下まで保身に長けたこの連中は、自分たちの非――いきなり子どもに剣を振るおうとしたとか――は綺麗さっぱり棚に上げて、〝シュレクの村は既にダンジョンモンスターの支配するところとなっている〟……という報告を上げたのである。
……まぁ、報告内容そのものは間違っていない。多大な欠落があるだけである。
特に事実関係を疑う理由も無かったテオドラム当局は、この報告を鵜呑みにしたのであったが……今頃になってその報告の信憑性に、疑問が突き付けられる形となっていたのである。




