第二百五十六章 エッジ村発ファッション波紋 5.宝飾工房の奮闘(その2)
「……彼らの仕入れ先を探るのは……拙いよな?」
「エッジ村は、あのエルギン男爵領だぞ? 安易に手を出せる場所じゃない」
「俺たちが下手に手を出したせいで、エッジ村で針金が不足した……なんて事になったら」
「吊し上げを喰らうくらいじゃ済まんだろうな……」
「あぁ、最悪はこっちの首が飛びかねん」
――斯くして、ワイヤーアクセサリーという選択肢がまず消える。
「簡単な割に斬新で、将来性のある技法に思えたんだが……惜しいなぁ」
「将来の課題としておくしか無いだろう」
「こっちで針金職人を抱える事も含めて――な」
そうすると、地道にエッジ村風デザインを真似……見習って、顧客の希望に沿ったアクセサリーを作るしか無いのだが、
「……こういうデザインは、これまでに手掛けた事が無いんだが……」
「従来の概念を覆すな……」
押し並べてこちらの世界のアクセサリーというのは、幾何学的な形の貴金属の台座に、煌びやかな宝石を配する形式のものが主流である。
ところがエッジ村風のアクセサリーは、自重知らずのクロウが持ち込んだアール・ヌーボーやアール・デコ、果てはペルシアの唐草文様やら古代ギリシア・ローマの装飾やら、挙げ句には古代エジプトのアクセサリーなどまでお手本にしたせいで、この世界の一般的なデザインとは懸け離れたものとなっていた。まぁ、定規にすら事欠くエッジ村では、幾何学的な模様を作る方が難しいという事情もあったが。
……ちなみにエッジ村の村人は、元々アクセサリーなどというものが身近になかった事もあって、自分たちのデザインが異質であるとの自覚に乏しかったりする。
事情はクロウも似たようなものであって、この国の令嬢や令夫人が身に着けるアクセサリーのデザインなど、クロウが知る術も、そして気にする訳も無い。
異世界のデザインを持ち込む事に一掬の逡巡はあったが、村の中――この場合はエッジ村に加えて、シルヴァの森のエルフ村も含む――の中で身に着けるだけなら問題にはならないだろうと考えていた。
……要するにその時点では、村のアクセサリーが村を出て広まるなどという事は、誰一人想像し得なかったのである。
――ともあれ、そんなこんなの裏事情から、エッジ村風のアクセサリーは、どちらかと言うと絵画的なデザインのものが主流であった。例えば、蔓草や木の枝が丸玉を取り囲み支えるような。
そしてそういうモチーフやデザインは、この国の宝飾工房が、嘗て手掛けた事の無い分野であった。
「……泣き言を言っても始まらん。一寒村のデザインに屈するのは癪だが、ここは曲げてでもエッジ村風というものを学ぶしかあるまい」
「うむ。それに、これで自分たちの引き出しが増えるのだと考えれば――悪くない」
「そうだな。どっちみちこれから暫くは、こういうデザインの注文が増えるだろう」
「あぁ。早いところこいつを自家薬籠中のものとせねば、時代の潮流に取り残されるぞ」
――斯くして、当初は寒村内でのささやかで慎ましやかなお洒落であった筈のエッジ村風デザインは、貴族の間にも広まる事を余儀なくさせられるのであった。
そして……エッジ村風デザインがアクセサリー業界にもたらした波紋はその後、予想も付かないところにまで波及する事になる。




