第二百五十六章 エッジ村発ファッション波紋 4.宝飾工房の奮闘(その1)
エッジ村が満を持して世に問うた――註.世間一般の見方――のは、「草木染め」だけではない。丸玉やウッドカメオ――土中に埋めて変色したカラムの実を彫刻したカメオ擬き――を用いた宝飾品もまた、エッジ村風ファッションの一翼として、世間に多大なる影響を及ぼしていたのである。
抑エッジ村風ファッションとは、庶民の庶民による庶民のためのお洒落であるからして、使われる布もアクセサリーも高価なものではない。
殊にアクセサリーは、そのデザインこそ秀逸ではあるが、高価でない分慎ましやかで、イブニングドレスでメインを張るにはちと物足りない。……と言うか、下手にゴテゴテとした柄の衣服と合わせると、エッジ村風アクセサリーのもつ美しさが損なわれてしまうのだ。
ならばドレスは無地のものを選んで、他のアクセサリーと合わせて用いれば……と試してみたところ、これも上手くいかなかった。憖デザインが秀逸な分だけ、他のアクセサリーが野暮ったく見えてしまうのである。
「単独で用いるには慎まし過ぎるくせに、他のアクセサリーと合わせるとそいつを喰っちまうのか……」
「難物だな」
「コーディネートに苦労させられそうだ」
「いや、単独で使う分には趣味が良いんだけどな」
何しろ元々平民の慎ましやかな衣服を飾る事を目的にデザインされたものであるからして、豪華絢爛・派手煌びやかを旨とする、貴族のファッションには馴染まなかった。
こうなると、ホルベック卿夫人の顰みに倣って、エッジ村風アクセサリーに合わせてドレスを誂えるか……
「……それはつまり、宝飾工房の敗北宣言という事だろう」
「行き着くところはおまんまの食い上げ――という事になるな」
「あぁ、全く以て論外だ」
……さもなくば、エッジ村風アクセサリーっぽいものを自力で作るしか無い。
自分たちの存在意義を賭けて、多くの宝飾工房は後者を選んだのだが……そんな彼らの前に立ち塞がったのが、針金細工という難敵であった。
いや――彼らの技倆を以てすれば、針金を細工する事は問題無くできたのであるが……
「……駄目だ。心当たりの店を廻って見たが、どこにも無かった……」
――ネックとなっているのは「針金」であった。
この世界でも金属の伸線を作る技術は――地球世界と同様のものが――確立されているが、現時点でそれほど需要が大きいわけではないため、工業的な大量生産には至っていない。まして強度に不安のある細い針金などは、まだまだ珍しい部類に入っていた。
クロウはあっさりと錬金術で作っており、簡単に作れるのだから大丈夫だろうと思っていたようだが……
「……行く店行く店で空振ったんで、終いにゃ知り合いの錬金術師に相談してみたんだがな」
「うむ?」
「どうだった?」
「まずな、一定の太さを維持した針金を錬金術で作るのは、それなりに技術が必要になるんで、依頼に応じてくれる錬金術師は少ない……つうか、見つからないんじゃないかって言われた。――当人を含めてな」
「むぅ……」
「仮にそれだけの力量を持った錬金術師がいたとして、需要のはっきりしない針金の生産などに携わる者がどれだけいるか」
「彼らも道楽でやってる訳じゃないからなぁ……」
「稼ぎになるかどうかも怪しい針金造りに、手間と時間を取られる訳にはいかんか……」
「抑の話として、錬金術師の数自体が多くないしなぁ……」
そうなると、エッジ村はどうやって針金を入手しているのかという話になるのだが……




