第二百五十六章 エッジ村発ファッション波紋 3.服飾工房の奮闘(その2)
「……エッジ村風の纏い方そのものの再現は、少なくとも一朝一夕には難しいが……」
「布で似たような飾りを拵える事は……できる、な」
「幸と言うか、不幸と言うべきか……エッジ村風ファッションの本質は、我々の職分とは微妙にずれているからな……」
彼らがその眼力で無抜いたとおり、「エッジ村風ファッションの本質」とは、ただの一枚布を自在に纏い、その場に応じたお洒落を当意即妙に作り出す事にある。コストパフォーマンスは抜群である。
ただ……これは飽くまで〝布の纏い方〟であって、〝衣服の仕立て〟とは内容が微妙に異なっている。
ご婦人方は〝餅は餅屋〟のつもりで服飾工房に丸投げしたのだろうが、その実は端から〝お門違い〟であった訳だ。
ただ……そんな事情の中で工房主たちは、〝自分たちの遣り方〟で依頼人の期待に応えようとした。
そしてそれは、技術的には一応の成功を見た、或いは見つつあったのだが……
「……問題は、飾り布の存在感を高めようとすると、ドレス本体と啀み合う事だな……」
男女ともにこの世界の夜会服とは、とにかく高価な生地に煌びやかな飾りをゴテゴテと取り付けたものが主流である。生地の色は赤や紫、青といった原色系の濃くはっきりした、そして重厚な雰囲気を醸し出すものが選ばれる。
柄物の生地も勿論あるが、それらは得てして同一文様を反復した形式のもので、「友禅染」のように絵画的な柄は皆無と言ってよかった。ちなみに、これら柄物の生地は、その大半が海外からの輸入品である。
ついでに言っておくと女性用のイブニングドレスは、肩や背中を露出させたノースリーブの、所謂デコルテ型が主流になっている。
……早い話が、エッジ村風ファッションとは甚だ相性が悪い。
まぁ、エッジ村風ファッションというものが抑、庶民のシンプルな衣服を飾る目的で生まれたのだから、これは当然の帰結である。
ならば、〝貴族の夜会服には似つかわしくない〟――と、大上段から切って捨てればいいだけの話に思えるが……憖にエッジ村風ファッションが評判を取っているのが問題であった。
凡そ貴族という者は、総じて流行に敏感である。仮令それが庶民層から発信されたものであろうと、〝その事なら既に知っている〟という態度を鮮明にできなくては、これは貴族の名折れである。
なのに、〝相応しくないから云々〟と言ってエッジ村風ファッションを顧みないのは、それが真実相応しくないと判断したのか、それともエッジ村の布を入手できなかった、或いは着熟せなかった負け惜しみなのか、如何とも判断のしようが無い。或いは、その主張を証明する手立てが無い。
「まぁ、イブニングドレスではなくアフタヌーンドレスなら、どうにかできなくも無いのだが」
アフタヌーンドレス即ち昼間に着るドレスは、イブニングドレスとは対照的に、肌の露出を抑えた派手過ぎない色・デザインのものとなるため、エッジ村風ファッションとの相性も悪くない。デザインに取り入れる余地はあった。
実際に何人かの貴族令嬢や令夫人が、アフタヌーンドレスにエッジ村の布を組み合わせて、高い評判を取っていた。
……寝間着の上からエッジ村の一枚布を纏うだけで、忽ちドレスに早変わり……などという根も葉も無い噂は、公式に否定されているので、くれぐれも耳を貸さないように。
「とは言え、年配層向けのデザインはまだ難しいだろう。我々にしても、そこまで深くエッジ村風ファッションを咀嚼吸収できているわけではない」
「……だな。比較的エッジ村風ファッションと馴染み易い層を、まずは対象にすべきだろうな」
「そうすると……年若いお嬢様方か? デビュタント前くらいの?」
「いや……この際だ。もう少し下の……いっそお子様を対象にするのはどうだ?」
「子どもを?」
「あぁ。……少しばかり冒険にはなるが……モルファンの王女殿下がお見えになるという話だろう?」
「……王女殿下は……確か十歳かそこらであられたな?」
「その年齢層向けにか……」
「冒険は冒険だが……それでも需要はありそうだな」




