第二百五十六章 エッジ村発ファッション波紋 2.服飾工房の奮闘(その1)
エッジ村風ファッションの登場によって衝撃を受けたのは、貴族名家の女性たちばかりではない。その女性たちにドレスやアクセサリーを供給している工房の者たち、彼らこそが誰よりも大きな衝撃を受けていた。
鼻高々に斯界のトップを自認していたら、ぽっと出の田舎者たちにその地位をいきなり脅かされたのだ。これに驚かずして何に驚けと言うのか。
宝飾界の騒ぎについてはここでは割愛して、服飾工房の主たちはと言うと……最初こそまともに取り合わなかったが、偶々エルギンを訪れていた職人の一人がそのエッジ村風ファッションを目撃した事から、次第に危機感を募らせる事になる。
直ぐにでもエッジ村の職人を引き抜きたいところであったが、何しろエッジ村の領主はあのホルベック卿だ。迂闊な手出しは厳々禁とあって、弟子たちをエルギンの町に潜り込ませて、情報を集める策に出た。
その結果判明したのは……
〝エッジ村風ファッションの本質は、一枚布の変幻自在な纏い方にあるのか……〟
〝それもあるが……それとてあの「草木染め」とやらを抜きにして論じる事はできまい〟
〝そしてその布を留めるのが、あの斬新なデザインのアクセサリーという訳だ〟
衣服というのは古着でも高価なものであるが、小さな一枚布程度なら、村人でも購えなくはない。
そしてその一枚布を、「草木染め」という技法を用いて自分たちで染める。染料は野山の草木を用いているそうだから、かかる経費もそこまで高くはならないだろう。
そうして染めた一枚布を、多種多様な方法で身に纏う事で、安価な割には見映えのするファッションを実現する……
〝布を纏う〟といえば前掛けか肩掛けぐらいしか頭に浮かばなかった職人たちにとって、エッジ村の女性たちの纏い方は、斬新とか衝撃的とかを通り越して暴力的ですらあった。
何しろ地味なワンピースが、上に一枚布を纏っただけで、一気にドレスに化けるというのだ。それどころか大きめの一枚布を、所々ピンで留めただけで、古代風或いは異国風のドレスが出来上がるのだ。
……自分たちの仕事は何だったのか――と、愚痴を零したくもなる。アイデンティティの危機である。
更に悪い事に、自分たちは仕立て職人である。布を裁断して衣服を作るのが仕事であって、既存の服の上に布を纏わせるのは――これは微妙に職掌から外れている。
であれば……エッジ村風ファッションを自分たちなりに咀嚼し吸収して、自分たちなりの新ファッションを作り出すしかあるまい。
……庶民の猿真似と呼ばれるのは悔しいが、それ以上のものを作り出して、猿真似の汚名を返上するしか無い。
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「色の方は揃いそうか?」
「染色の連中に言わせれば、或る程度の目処は立つそうです。完全に同じものは用意できないそうですが」
「ま、それはな。仕方がないだろう」
「あっちは『草木染め』ですからねぇ……」
「まぁ、出発点となる一枚布の手配ができるというなら充分だ」
……というような会話が十月以降ずっと、王都に店を構える服飾工房のほとんどで交わされていた。
エッジ村風ファッションに衝撃を受けたデザイナーたちが、その技術をパク……もとい、お手本にした新作の開発をスタートさせたのである。
ただし――彼らの前には早々に厄介な問題が立ち開かる事になったのだが。
「エッジ村風ファッションの要と言えるのは、一枚布の自在な纏い方だ。しかし、肝心のその纏い方が判らん」
デザイナーが漏らした苦衷の呟きを訝る方もおいでであろうが、そういう方々は、例えばアフリカのカンガやインドのサリー、古代ギリシアのキトンやペプロス、ヒマティオンなどを、手引きも無しに纏えるかどうかを考えてみてほしい。或いは、インドやアフガンのターバン、アラビアのヒジャーブ、手拭いの道中被りや真智子巻きなどの被り方を。ネクタイの結び方ですら十指に余る種類があるのだ。
で――そんな纏い方・被り方・結び方の手順を、遠目に一見しただけで見破れるだろうか?
……難しいと言わざるを得ないだろう。
つまり、エッジ村風ファッションの要が再現できない。
実際にエッジ村風ドレスを着熟している女性たち――具体的に言えば平民――に訊ねれば教えてもらえたかもしれないが……そこはそれ。平民にものを訊ねるなど、貴族としての沽券に関わる――と考える貴族が大半であったため、実はエッジ村風ファッションそのものは、意外と貴族界には浸透していなかったりする。
……その代わりに、〝エッジ村風ドレスを上回るものを作れ〟――と、出入りの服飾工房に無茶振りが下ったのであるが。




