第二百五十六章 エッジ村発ファッション波紋 1.ご婦人たちのお茶会
冬――
雪に降り籠められた貴顕たちが、屋内で社交に明け暮れる季節。
そんな日々を送っているイラストリアの貴族たちの間で、このところ寄ると触ると口の端に上る話題があった。ノンヒュームとモルファンとエッジ村である。
出来の悪い三題噺のお題か何かに聞こえるが、その感想も強ち間違ってはいない。というのも、この三つの話題は何れも一つのキーワードによって纏められるからである。
即ち――〝モルファン王女の歓迎パーティ〟
ノンヒュームの新作――酒または菓子――がそのパーティで御目見得を果たすという噂は、はたまた一部の者がエッジ村の衣類やアクセサリーを身に着けて現れるという噂は真実なのか。
ノンヒュームの新作に関しては、自分たちはそれを提供してもらう立場なので、余計な策動を示す者はいない。
しかしエッジ村の衣類やアクセに関しては、遣り方次第でどうにかなるのではないか。
……とは言っても、直接エッジ村に突撃して行くような馬鹿はいない。
愚かな振る舞いでエッジ村の不興を買えば、肝心の衣類や宝飾品を売ってもらえない可能性が大なのだ。況して、その一件が噂として流れでもしたら、社交界から出禁を喰らう可能性すら無くはない。貴族としては抹殺されたも同じである。
念の入った事にエッジ村の領主はホルベック卿。彼のエルギンの男爵である。
何しろエルギンの先代男爵は、嘗て数十年に亘って領内から宗教勢力を締め出したという剛の者。当代はそこまで過激ではないようだが、その代わりに今のエルギンはノンヒューム連絡会議の拠点である。もしもこの話がホルベック卿やノンヒューム連絡会議の耳に入りでもしたら……考えるだに悍ましい話ではないか。
平和的にホルベック卿に融通を打診できればいいのだろうが、生憎と今のホルベック卿――エッジ村とノンヒュームの双方に伝手を持つVIP――は、全貴族の注目の的である。下手な抜け駆けなど画策しようものなら即座に見つかり、社交界を挙げて吊し上げられるのは間違い無い。
――では、打つ手は皆無なのかと言えば……そうでもない。
エッジ村は別に自分たちの製品を秘匿している訳ではない。ちゃんと夏祭などで販売しているのだが、供給量に対して需要が圧倒的に多過ぎる結果、品薄となっているだけだ。
つまり――エッジ村の染め物やアクセサリーの見本はある。
――ならばこれらを手本として、似たようなものは作れないか?
それがここ暫くの、貴族たちの話題であった。
・・・・・・・・
「それで……どうでしたの?」
「駄目ですわ。噂のドレスをご覧になったのは、ホルベック卿の身寄りの方だけ。その方々も肝心のドレスについては、あまり多くを語って下さいませんの。……素敵な柄だったとおっしゃるばかりで」
「やはり……妾もエグムンド男爵夫人には、何度かお目にはかかったのですけど……」
「妾はオーレンス子爵の奥様に。……でも、やはり口を濁されるばかりで……」
「噂に拠ればホルベック卿夫人だけでなく、オーレンス子爵夫人もエグムンド男爵夫人も、エッジ村にドレスをご注文なさったとか」
「まぁ……それでは……」
訊き出すのは望み薄というものであろう。
何しろホルベック卿夫人のドレスと言えば、噂に高い……と言うか、噂だけが聞こえてくるばかりで、その実態は謎に包まれている。何しろ当人があのエルギン男爵の夫人なだけに、上級貴族家の令夫人と雖も、不作法に突撃をかます訳にもいかない。実物を見たというのが一部の知人だけ、しかもその知人たちは揃って言を左右にして、ドレスの詳細を明かそうとしない。
ここまで情報が得られないとなると、ドレスの実在を疑う者も現れそうだが……生憎と件のドレスを目にしたのは他にもいる。モルファンの特使一行である。
まさかモルファン特使の名を騙ってまで見栄を張るような、そんな愚かな女性は貴族にはいないだろうし、なにより「友禅染」の実在は、他ならぬエッジ村村長の口からも証言が得られているのだ。
何にせよ、ドレスのお手本が得られないとなると、自力で模索するしか打つ手は無い。
「懇意の工房に訊ねてみたのですけど、染料の目処は一応付いたと言っていましたわ」




