第二百五十五章 ヴァザーリを巡って 6.ヤシュリク~イスラファン商業ギルド~(その2)
テオドラムとイラストリアは、表面上はともかくとして、内実では互いを仮想敵国と認め合う間柄である。そんなテオドラムが――それも選りに選ってイラストリアを目指す者の通り道として――繁栄するなど、イラストリアとしては容認しがたいであろう。
だが――それは飽くまでもイラストリアの都合。ノンヒュームの意向とは一致しない筈……そう考える者も少なくなかったのである。
実は――ノンヒュームがテオドラムを敵と見定めている事には、勘の良い者は気付いている。しかしそれでも、ノンヒュームとの敵対の度合いからすれば、直接に干戈を交えたヴァザーリには及ばないだろう――そう判断する者は多かったのだ。
「……ともあれだ、ヴァザーリのやらかしを考えるに、イラストリア王国が直接にヴァザーリの復興を支援するというのは難しいだろう。元々イラストリアの南部貴族は、独立の気風が強いしな。
「そこで我らがイラストリアの代わりに南街道の復興に……その実はヴァザーリの復興に梃子入れする。イスラファンにとってもヤシュリクを通る交易ルートの盛衰に関わる問題だから、協力を申し出る理由はある訳だ。イラストリアは好意的に反応するだろう」
――成る程。対イラストリアの方針としては能く考えられている。……飽くまでも〝対イラストリア〟の方針としては。
「だが――ノンヒュームは逆に機嫌を損ねるのではないか?」
「恐らくな」
恐る々々放った問いを、無造作に切って捨てたザイフェルに、非難と苦情が殺到するが、
「落ち着いて考えろ。まず第一に、我々との仲が微妙になっているのはイラストリア王国であって、ノンヒュームとの仲は現状良くも悪くもない。ゆえに、関係改善を図らねばならぬ相手は、イラストリアであってノンヒュームではない」
「むぅ……」
「それはそうだが……」
成る程、建前論としては間違っていない。しかし――と言い募る者たちをみぶりで制し、
「第二に、ノンヒュームと対立しているヴァザーリは既に落ち目になっているが、それでも反ノンヒュームの勢力が一掃された訳ではない。更に、テオドラムがヴァザーリに触手を動かしているという噂もある」
「うむ……」
「確かに……」
「それを考えると、ヴァザーリを綺麗に掃除するには、現地に赴く必要があろう。しかし、ノンヒュームもイラストリア王国も、そこまでの労を執るつもりはあるまい」
一旦言葉を切ったザイフェルが、ジロリと一同を睨め回す。
「ここで我らが、ノンヒュームの代行者として名告りを上げればどうなるか?」
商人とは思えぬほどに物騒な事を言い出したザイフェルに、居並ぶ一同は唖然とした表情を隠せない。この爺さまはヴァザーリの乗っ取りでも考えているのか? いや、それとも――商人らしく――経済な侵掠と支配か?
「金を出す者が口も出すというだけの事だ。珍しい事ではあるまい?」
「だが……先程話にも出たように、テオドラムが暗躍しているという話もあるぞ?」
「まずテオドラムは、大っぴらに姿を現す事はできん。それに、テオドラムにしろヴァザーリ当局にしろ、ヴァザーリに巣喰う反ノンヒュームの一派を黙らせる事に反対するとは思えん」
「むぅ……」
「確かに……それはそうか……」
聴衆が――少なくともこの場では――納得したのを見て取ると、ザイフェルは自説の開陳を進める。
「第三に、ヴァザーリは確かに反ノンヒュームではあるが、その一方でテオドラムの動きを探るには恰好の位置にある。そこに我らが根を張る意味は?」
「むぅ……」
「そこまで危ない橋を渡ると言うのか……」
「危ないと言うがな、我らがヴァザーリに手を伸ばしただけの段階では、何も剣呑な事は無いぞ? と言うか、テオドラムとてこの段階で、下手な動きは見せぬであろうよ」
「それはそうかもしれんが……では?」
「先々の事は未定だとしても、そういう風に話を持って行く事はできるだろう」
しれっとそう言うザイフェルに、疑いの視線を向ける一同。口先だけで実行を伴わなければノンヒュームの機嫌を損ねるし、実行に移せばテオドラムを敵に廻しかねない。問題化するのが先の事だとは言え、この話に乗っていいものか?
……そんな視線をどこ吹く風と、ザイフェルはなおも話を続ける。
「しかし――だ、話を持って行くも何も、今の我々には抑ノンヒュームと会うための伝手が無い。なら――仲介の労を執ってくれるであろうイラストリア王国との関係改善を図る事は、極めて当然の事ではないか?」
「「「「「………………」」」」」
なおも複雑な表情の一同に向かって、ザイフェルは留めとなる一語を放つ。
「そして最後に――他に何か手があるか?」
「「「「「………………」」」」」




