第二百五十五章 ヴァザーリを巡って 5.ヤシュリク~イスラファン商業ギルド~(その1)【地図あり】
新年祭終了から十日後、イスラファンの商都ヤシュリクでは、視察から戻った商業ギルドの面々が再び顔を付き合わせていた。会合の議題はリーロットの新興ぶりとノンヒュームの商品についてであったが、それについては一応の討議を終えた。
今は新たに問題となった案件――ヴァザーリについての話である。
「思った以上にヴァザーリが落ち目になっておったな」
「うむ。あの様子では、遠からず一介の宿場町に転落するやもしれん」
「話がヴァザーリだけの事ならそれでもいいが……」
ヤシュリクの商人たちが眉を顰めているその理由は、一に懸かってヴァザーリとヤシュリクの位置関係にある。
イスラファンとイラストリアを直接に結ぶ唯一の街道、その門口に当たるのが他ならぬヴァザーリなのだ。
交通の要衝には違いないので、ヴァザーリがどん底に陥る事は無いだろうが……
「あそこが不振に陥るだけでも大問題じゃ。下手をすると、イスラファン南街道の価値が大幅に下落しかねんのだぞ」
「それはそうなんだが……」
――彼らが懸念しているのは、イラストリアとの交易ルートの問題であった。
このところ無視できぬ勢いで存在感を放っているノンヒューム。そんな彼らが拠点としているのが、そしてその商品を流している場所が、他ならぬイラストリアなのである。
畢竟、商人たちの間でも、イラストリアとの交易の価値は、天井知らずの勢いで上がっている。そしてイラストリアへ向かう街道の価値も。
イスラファンからイラストリアへ直接向かうルートは南街道一本であるから、そのとば口たるヴァザーリの価値は衰えないように思えるのだが……生憎と、そうは問屋が卸さない。
商人たちが求めているのはノンヒュームがもたらす商品であって、そのためにはノンヒュームたちの機嫌を損ねるような真似はできない。
となれば……ノンヒュームと敵対した――のみならず、今も反ノンヒュームの気風が強い――ヴァザーリを通るなど以ての外……という結論に商人たちが至るのも、蓋し当然と言える。
悪い事に、沿岸部からイラストリアへ向かうルートはもう一つある。
アムルファンのソマリクからテオドラムのマルクトへ入り、そこからニルを経てリーロットに、或いはサウランドに向かうルートである。リーロットもサウランドも、共にノンヒュームの出店先であるから、このルートの潜在的な価値は低くない。現時点では然程に賑わっている街道ではないが、テオドラムがここを整備すれば、一気に重要ルートに化けるであろう。そして――このルートではヤシュリクの出る幕が無い。
一応ヤシュリクからマルクトへ向かうルートもあるのだが、沿岸部からヤシュリクへ至る途中には、百鬼夜行で名を馳せたベジン村がある。あそこを通るくらいなら、いっそカファからソマリクを経てマルクトへ……と、考える者も少なくないであろう。そうなると、貧乏籤を引くのはやはりヤシュリクである。
アムルファンは当然のようにこちらを推しているし、それはテオドラムも同じだろう。
対するヤシュリク~ヴァザーリのルートを推すのはイスラファンとヴァザーリになるが……イスラファンと組む相手が落ち目のヴァザーリとなると、これは些か分が悪い。
いや……アムルファンと組むテオドラムも、落ち目というなら人後に落ちないだろうが……それでも向こうは仮にも一国。商都崩れのヴァザーリとは較べるのも烏滸がましい。
「つまり……我々としてはヴァザーリの復興が望ましい。……そう結論せざるを得ん」
ザイフェルの声明に難しい、そして渋い表情で頷く一同。
「話の筋道としては同意するが……では、具体的にどういう策を採るおつもりか?」
そう問いかけるラージンであったが、
「どうもこうもあるか。ヴァザーリが自力で再起できんのなら、手を貸してやるしかあるまいが」
不機嫌そうに言い放つザイフェルの台詞に、思わず息を呑む一同。
論理の展開上はそうなるかもしれないが、それはつまり〝ノンヒュームの敵対者を援助する〟事に他ならない。ノンヒュームと敵対する旗幟を鮮明にすると言うのか?
幾ら何でもそれは商人として……などと口々に言い募る一同を無造作にあしらうと、ザイフェルは自分の意見を開陳する。
「まぁ聴け。建前はどうあれイラストリアとしては、マルクトを経由するテオドラム北街道がヴァザーリを通るイラストリア南街道に取って代わるのは容認できん……その筈だ」




