第二百五十五章 ヴァザーリを巡って 3.ハラド助祭の思案/試案(その1)
新年祭に託けて部下を派遣し、ヴァザーリの状況を調べさせてみたのだが……その報告は、ヴァザーリが助祭の予想以上に面倒な状況に陥っている事を示していた。端的に言えば、ヴァザーリの冒険者ギルドの凋落ぶりが、助祭の思っていたよりずっと酷かったのである。
ヴァザーリの賑わい……と言うか、ヴァザーリを訪れる人数は、今もそこそこの数がいるので気付かなかったのだが……彼らは本当に〝訪れる〟だけ。もっとはっきり言えば、「訪問客」でなく「通行人」に過ぎないのであった。
馬の飼い葉や食糧品などを手配できる町が、この近在では他に無い事もあって、そっち系の店はそれなりに繁盛している。ヴァザーリが交通の要衝だという事実に変わりは無いのだ。
しかし、ヴァザーリで「通行人」が購入するのはそれくらい。用を済ませた後は、皆そそくさとヴァザーリの町を立ち去って行く。まるで関わりを持つのを恐れるかのように。
冒険者ギルドの状態は更に酷く、開店休業の状態だと言う。
何しろ、〝ここに出入りしているだけで悪い評判が立つから、できる事なら立ち寄るな〟――と、当のギルドの職員が自虐的に忠告してくれたというのだから、その現状は推して知るべしである。
冒険者ギルドに話を通すどころか、ヴァザーリに長逗留しているだけで人目を引くというのだから、状況の厄介さが解るであろう。
つまり、その状況が不自然でない程度にまで冒険者ギルドの、そしてヴァザーリの境遇を改善する……そこから始める必要があるという事だ。
……どう考えても情報部の職掌を越えているが、せめて叩き台くらいは用意しておかないと、まともに取り合ってももらえない。と言うか、議論の俎上に載せられるまでに時間がかかる。それくらいならこちらから、議論の取っ掛かりだけでも示してやった方が早い。
「つまり……不自然でない形でヴァザーリの冒険者ギルド、場合によってはヴァザーリの町自体に、梃子入れを図る必要がある訳か……」
議論の叩き台になりさえすればいい訳だから、そこまで緻密な計画は必要でない。いや、寧ろ穴のある計画の方が、お偉方がそれを気分好く批判して議論を発展させてくれる。ハラド助祭が提供するのは素材だけ。お料理は専門職のお偉方の仕事です。
自分の仕事内容というものを、能く弁えているハラド助祭なのであった。
「……交通の要衝という条件は以前のままなんだから、まずはこれを活かすべきだろう」
交通の要衝であるからヴァザーリを通る者は絶えないだろうが、それだけでは――ヴァザーリという町の命脈は保てても――冒険者ギルドの繁栄には繋がらない。ヴァザーリが単なる通過地ではなく、目的地となる必要がある。つまり、旅行者の足を停める策が要る。
以前は奴隷市がその役を果たしていたのだが、ノンヒュームによるヴァザーリ襲撃の煽りを食った形で、今は奴隷売買自体が停止されている。その代わりの足止め策となると……
「……やはり何かの売買しか無いか……いや? 待てよ?」
ここで助祭は、以前に読んだリーロットの報告を思い出す。あそこはささやかな宿場町であったのが、今やヴァザーリを凌ぐ勢いで発達しているという。何かの参考にならないだろうか。
「同じ手を使って競合するのは愚の骨頂だが、参考にするだけなら問題あるまい」
――そう判断した助祭は、改めてリーロットの報告に目を通したのだが、
「馬車駐め場……要は宿泊施設の低価格化か。……ヴァザーリでは使えんな」
奴隷交易で発達を遂げたヴァザーリは、元から宿屋の数が多い。廃業したところも多くあるが、それでもかなりの数が青息吐息で生き残っている。ここで低価格化策など持ち出したら、間違い無く宿屋勢力の総スカンを喰らう。
宿泊とは別の利点・魅力を押し出す必要があるだろう。
「やはり売買策か? 旅人が散財するものと言えば――酒・料理・土産物・女……」
定番のあれこれを思い浮かべてみるが、定番だけあって代わり映えがしない。殊更ヴァザーリに足を停める動機としては弱そうだ。何か特別なものがあればいいのだろうが、以前からヴァザーリの特産品は奴隷一択。他に目立ったものなど無い。
値段を下げて客を呼ぶ事はできるかもしれないが、今でさえ採算ラインギリギリのようだし、値下げ案は受け容れられないだろう。仮にその策を採ったとしても、客が訪れる店が少々増えるだけ。足止めにまでは至らないだろう。




