挿 話 アクセサリーショップにて
挿話ですが……後に出てくる話と全く無関係ではありません。
ルパから依頼された昆虫標本の展足が終わり、あとは乾燥するのを待つだけというある日、俺たちは当て処もなく町をぶらついていた。折角バンクスの町までやって来たんだし、たまにはこんな風にのんびりするのも悪くない。お供はライとキーンの二名だが、撮影用の魔石を通して留守居組も散策に参加している。いや、あぁだこぅだと注文が多くてね……大体言うとおりにするけどな。
ふらふらと歩きながら買い食いをして、美味かったら追加を買い込んでからダンジョン転移で洞窟へ戻り、みんなでわいわいと舌鼓を打つ、そんな風にして過ごしていた。そんなある時……
『マスター、あの店って、宝石を売ってるんじゃないですかぁ?』
キーンがその店を見つけた。アクセサリーショップってやつかな? エルギンでは店を覗く機会がなかったし、ちょっと入ってみるか……。
ふらりと入ったその店は、やはりアクセサリーを扱っているようだ。高級品もあればそこそこの品もあり、石の質もだがデザインなども面白い。現代日本のアクセサリーショップとは、微妙にトレンドが違うようだ。
ふむ。エッジ村では未加工の石だけ置いてきたし、少し無責任な気はしてたんだよな。デザインなどの参考にさせてもらうか。
宝石の多くは球形に磨かれたいわゆる丸玉で、多面体のカットは見当たらない。この世界のスタンダードってやつなんだろう。石座の多くは金属製で、この辺りは日本と同じだな。ただ、ワイヤーを用いた細工、いわゆるワイヤーアクセサリーとか銀線細工に相当するものは無いようだな。
「随分熱心に見ているようだけど、ひょっとしてご同業かな?」
店の主人らしい人に声をかけられた。四十がらみの柔和な紳士ってところだ。
「いえ、そういうわけじゃありませんが偶々石を拾って……素人なりに磨くまではできたんですが、その先がどうも」
「ほほう、アクセサリーにまで加工して、誰かにプレゼントかな?」
「いえ、国許への手土産代わりですよ。しみったれなもんで、なるべく金を使いたくないんです。それに、憶えておいて損はないかな、と」
「ははは、確かにその通りだ。一朝一夕にできるものではないが、だからと言って手を着けなければ、技が身に付く事もない」
主人らしき紳士はそう言って柔らかく笑った。
「石を拾ったと言ったね。よければ見せてくれないか?」
「えぇ。お見せするほどの物じゃありませんが、それでよければ」
当たり障りなく話を受けて、懐にしまっておいた丸玉を取り出す。
「ほう……水晶のようだが、これは随分透明度が高い……それに見事な真球だ。これならウチでもいい値がつきそうだ。手土産とか言っていたが、売る気はあるのかね?」
「そうですね……まぁ、値段によっては」
結局、丸玉一個あたり銀貨一枚に少々色を付けて引き取ってもらえた。ついでに雑談まじりに石座――宝石用の台座――の作製などについて話を聞く。石座は専門の職人が作り、高い物では金や銀などの貴金属、安い物なら真鍮のような合金を使うらしい。職人が木や象牙で作ったブローチに石を嵌め込む事もあるが、やはり金属製の石座が多いらしい。
日本でならハンドメイドアクセサリーのキットなんかも売ってるし、簡単なものを作るだけならそう難しくはないんだが……エッジ村の女性たちに贈るとなると、やっぱり日本産のパーツを使っちゃ拙いよなぁ。
……この時の俺に、エッジ村に帰った時に何が待ち構えているかなんて、判る筈がないだろう?
次話では新章に入ります。




