第二百五十四章 レプリカ問題 1.パートリッジ卿の思案
シャルドで冬景色のスケッチを終えて二日後、クロウはパートリッジ卿の屋敷へと向かっていた。シャルド冬景色のスケッチをパートリッジ卿に検分してもらい、今後の作業予定について確認するためである。それというのも……
(そろそろ出土品のスケッチにも手を着けるべきなんだろうが……締め切りとかはいつになるんだ?)
前回の打ち合わせでは、そこまで具体的な話にならなかったため、この機会に確認しておく必要がある。締め切り次第では、シャルドの冬景色の方もペン入れ作業を考えねばならない。
積雪で交通が不如意になっている事もあり、もう暫くバンクスに滞在するのは確定しているが、それでも大まかな日程ぐらいは考えておきたい。そのためにも、作画作業のスケジュールを或る程度立てておきたいのが心情である。
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「ふむ……申し訳無いがその件については、まだ確約しかねるのじゃよ」
パートリッジ卿がクロウの意に沿わぬ答を返すしかなかったのは、或る意味で已むを得ない事であった。なぜかと言うと、
「新年祭が終わったばかりのこの時期に、下手に使いを出す訳にもいかぬのでな」
「はぁ……」
出土品の公開だのレプリカの作製だの以前に、出土品の内容自体が機密扱いである。不用意な時期に不用意な動きを見せて、世間の関心を引く訳にはいかないのだ。
つい先日にシャルドの屋台の親爺という事情通の好例を目にしたばかりのクロウとしても、そう言われれば納得して引き下がるしか無い。
「とりあえず、出土品の作画自体は進めておくのがよかろう」
――という事で、さぁどれを絵にするべきだろうかと、二人して対象の選別にかかる。考古学的価値や金銭的価値だけでなく、絵とした場合の「見映え」も重要な条件となるので、そう安易に決める訳にもいかない。
そして――今回は絵としての見映え以外に、もう一つ考慮すべき基準があった。
「複製品ですか」
「うむ。クロウ君の献策を採用して複製品を作るとなると、その作り易さや、複製品としての見映えなども問題になるでのぉ」
「確かに」
レプリカの作り易さは勿論、レプリカとした場合の見映えなど、嘗て考えた事も無い基準である。献策を受けた王国側とて、困惑するのが目に見えている。となると、お鉢がこちらへ廻ってくる事も考えて、或る程度の予備検討はしておきたいところだが、
「いえ……さすがにそこまでの知識は……」
クロウの偽装身分は確かに絵師――そう思っていない者も多かったようだが――であるが、さすがに立体造形までは手掛けていない……事になっている。丸玉だのフィギュアのパーツだのは断じて作れない。況や……
「クロウ君の知り合いに、この手の知識に詳しい人物はおらんかね?」
……などという質問を向けられる筋合いなど無い。無いったら無い。
「御前……幾ら自分でも、贋作者の知り合いなどは……」
このオッサン、一体自分を何だと思って……まさか正体がバレたのか? 下手を打ったつもりは無いが……どこかでボロを出しただろうか?
……などという内心の狼狽と警戒を押し隠し、表面的には憮然とした表情で問い返してみたらば、
「あぁいや、そういう事ではないのじゃよ」
「?」
慌てて「誤解」を打ち消そうとするパートリッジ卿。その言うところを聞いてみれば……
「ノンヒューム?」
「うむ。或いはドワーフなら、こういった複製品も作れるのではないかと思っての」
「ははぁ……」
「不肖この儂も、マナステラ――ここだけボソッと低い声で言った――におった頃は、顔見知りのドワーフも一人二人おったのじゃが、ここバンクスはどういう訳か、定住しておるノンヒュームが少ないでのぉ」
「確かに……」
どういった巡り合わせなのかは知らないが、ここバンクスに定住しているノンヒュームはほぼ皆無である。パーリブの店が強盗に遭った事で、連絡会議の方もその不都合に目を向ける事となり、人材の派遣を算段しているところなのだが……目下のところはバンクスを訪れるノンヒュームの数を増やす事で対応しているのが現状であった。
「しかし――じゃ、クロウ君はバンクスにも顔を出しておるのじゃろう? ノンヒュームの知己も多いのではないかと思ってのぉ」
「成る程」




