第二百五十二章 新年祭(楽日) 2.王都イラストリア
五日間に亘る新年祭を終えた王都イラストリア、その一画にある建物の中では、老荘の男子たちが数名、難しい顔付きで席に着いていた。
彼らはイラストリア商業ギルドの重鎮であり、新年祭終了後、大まかな集計が済んでからここに集まって来たのである。
「……そっちも、か?」
「あぁ。去年に引き続いて、な」
――彼らがうち揃って浮かない顔をしているその理由は、
「……このところ、新年祭の売り上げが低迷しているな」
「新年祭だけではない。五月祭もだ」
「単に売れ行きが落ちているだけではないぞ。参加する人数自体が減ってきている」
「……ノンヒュームが出店を始めて以来、だな」
新年祭と五月祭におけるノンヒュームの出店。それ自体は年々歳々と大勢の客を集め、しかもその人数と売り上げは右肩上がりに増えているのだが……栄枯盛衰は世の習い。ノンヒュームの出店が順調に客を集めているその裏では、ノンヒュームの出店に客を奪われて寂れるところもある道理であった。
それでも、バンクス・リーロット・サウランドといった町々は、ノンヒュームの出店目当てに訪れる訪問客のせいで、全体的な売り上げは増えていた。いや、これらの町だけでなく、イラストリア王国全体として見ても、他国からの訪問客の増加によって、その経済効果は右肩上がりの成長を示しているのであったが……
「……その一方で我らが王都には、閑古鳥が居座る羽目になっておる訳だ」
閑古鳥云々は言い過ぎであろうが、以前に比べて新年祭と五月祭における客足が遠退いているのは事実である。
しかも前述の三都市だけでなく、近頃ではエルギンでも幾許かの品々を売るようになったし、シアカスターでも今年から菓子店が出店を開いているという。中でも地味に問題なのがシアカスターで、ここは他の町よりも王都に近いため、祭りの間そちらに流れる王都住民も少なくないのである。
「イラストリア王国のお膝元がこの有様では……」
「王都の面子は丸潰れだな」
特に今年は、今年はモルファン王女の留学という一大イベントがある。仄聞するところに拠れば、その時期は五月。折しも五月祭の頃……と言うか、五月祭に間に合うように来るに決まっている。
その時にもこんな調子だと、王都としての沽券に関わるではないか。
「しかし、だからと言ってノンヒュームたちに出店を控えろなどとは言えんだろう」
「当たり前だ。そんな事を口にしてみろ。国中総出で袋叩きにされるぞ」
冗談や言葉の綾などではない。嘗てリーロットで起きた惨劇の事を知悉している彼らには、その光景がありありと幻視できたのである。
「王都にも店を出してくれればいいんだが……」
それが最も単純で、最も効果のある解決策であろう。しかし、この方法が〝最も簡単〟であるとは言えないのが問題であった。
「それは既に断られた。今以上に出店する余力が無いという事でな」
「まぁ……あの殺到ぶりを見れば、解らんでもないが……」
「こちらから人員を出すと言えば?」
「それも断られた。やんわりとだが断固として――な」
「まぁ……それもそうか」
売り物が貴重品な上に、調理法だの何だのと、他人に見せられないものが目白押しの筈だ。信頼できる身内以外の者を雇う筈が無い。
「抑、あの出店はテオドラムのエールに対する嫌がらせから始まったんだろう?」
「ビールもそうだが、砂糖菓子もそれだろうな」
さすがに王国きっての商人たちだけあって、ノンヒュームたちの思惑を正確に見抜いていた。だが、それはつまり――
「テオドラムが酒場を出していない王都には、そこまでしてやる義理は無いという事だろうな」
「シアカスターに菓子店を出してくれただけでも御の字だろう」
疲れたような表情で頷く商業ギルドの幹部たち。
「つまり……我々は自力でこの難局を打開せねばならん訳だ」
「一応だが、氷室という切り札はある」
「今のところビールとやらは出荷の時期が限られているようだからな。冷やしたエールなら勝算はあるだろう」
「氷室はエール以外のものも冷やせるしな」
「うむ。それを何とか有効に利用する術を考えねばな」
「それすらもノンヒュームの入れ知恵によるものだというのが情け無いが……」
「言うな。今は泣き言を並べている時ではない」
「あぁ、前回のカットフルーツのように、後手に廻るのだけは避けねばならん」
「そうだな……」




