第二百五十一章 新年祭(四日目) 5.マナダミア~ドワーフたちの会話~(その3)
(「まぁ、ぶっちゃけるとじゃ、熟成無しに飲めるような酒の当てがあるらしい」)
(「ふむ……」)
(「その酒というのも蒸溜酒らしいんじゃが……原料として、砂糖を造る時の副産物を使うそうじゃ。砂糖なればイラストリアの衆が、しゃかりきになって造っておるようじゃから、副産物とやらもそれなりに手に入るのじゃろうよ」)
(「成る程……」)
実際には砂糖を造っているのはクロウであるし、その副産物たる糖蜜も、製品としてそれなりに流通しているため、彼らが思っているほどの余裕は無いのであるが。
(「そこで、問題となるのは蒸溜酒の量産、ここに絞られてくる訳じゃ」)
(「う~む……」)
モルファンからの要請に対する解決策として、クロウが提案したのはリキュール……と言うか、果実酒の類である。
日本で果実酒の原料とされているのはホワイトリカーであり、あれなら熟成などの手間は要らない……と言うか、要は薄めたエチルアルコールである。癖が無い……と言うか、味も素っ気も無いため、そのまま飲むには難があるが、果実などを漬け込むためには却って具合が好い。梅酒などはそれなりの時間漬け込むのが望ましいが、短時間でものになる果実酒だって無い訳ではない。
そのホワイトリカーであるが、現状ではクロウが造っている分だけしか無い。
何しろ原料となる廃糖蜜がクロウの許にしか無いので、必然的にその醗酵もクロウが行なう事になっているのだ。更に、糖蜜自体も売り物になるため、酒造原料としてあまり多くは使えないという事情もある。
また、精糖だけならともかく、副産物の糖蜜を蒸溜してホワイトリカーを造るとなると、クロウの負担も無視できないほど大きくなる。まぁ、オドラントで余剰人員を動員して作業させるという手も無いではないが……何でもかんでもクロウ頼みというのは、ノンヒュームとしてもやはり拙いだろう。
連絡会議の側もその点は理解していたらしく、ホワイトリカーを量産するような事になれば、その蒸溜はどこか他村の杜氏たち――ドランの杜氏は試作だけで手一杯なので――に委託する方向で話を進めている。
まぁ……それもこれも、出来上がった「果実酒」が受け容れられたらという話なのであるが。
で……蒸溜それ自体はイラストリア国内のノンヒュームに任せる――前にも言ったが、例えばマナステラのノンヒュームに任せるというのは色々と差し障りがある――としても、
(「蒸溜器の手配がな、問題となりそうなんじゃと」)
(「……それ程に難しい構造なんかの?」)
(「いんや。構造自体は……要所々々に気を配らんといかん部分はあるらしいが、どちらかと言えば単純な作りらしい。問題は人手の方なんじゃ」)
(「手が足りんと? ……イラストリアにもドワーフはおるじゃろうが?」)
確かに、イラストリア国内にもドワーフはいる。
いるのだが……現状で彼らは、チョコレートのコンチングマシンの製作やら、ショーケース用のサーモスタットの開発やら、夏を見据えての欠き氷機の試作やら、冷蔵に向いたビール壜の開発やら……要するに、これ以上の仕事を抱え込むのは困難な状況にあったのである。
クロウなら蒸溜用のポットスチルくらい、錬金術だかダンジョンマジックだかでサクサク作れるのだが……先々の事を考えた場合、ノンヒュームが自らの手でポットスチルを作れないと色々と困るのも事実である。
(「……ちゅう訳で、儂らんとこに蒸溜器製造の依頼が、ひょっとすると舞い込むかもしれんという訳じゃ」)
(「成る程のぉ……」)
ちなみにイラストリア国内のドワーフたちは、選りに選って酒造りの道具を他人に任せねばならんとは――と血涙を絞ったそうであるが……前述した仕事の何れもが重要かつ喫緊かつ機密扱いの案件であるのも理解できるため、断腸の想いで受け容れたらしい。
(「仮にそういう話になった場合、出来上がった蒸溜器はマジックバッグで運ぶそうじゃ。大っぴらに運ぶ訳にはいかんからの」)
(「成る程のぉ……」)




