第二百五十一章 新年祭(四日目) 3.マナダミア~ドワーフたちの会話~(その1)
「菓子には新作があるというのに、酒の方は新作が無いというのは、ちと残念じゃのう」
満足そうにホットエールのジョッキを傾けながら、それでもどこか残念そうにぼやくドワーフ。マナダミアにおける新年祭での一コマである。
ぼやかれた相手もドワーフであり、同じようにジョッキを傾けていたが、
「いや……ここだけの話じゃが、試作段階のものがあるにはあるらしい」
――などと言い出したものだから、相方のドワーフがギラリとその目を光らせる事になった。
「何じゃと?」
聞き捨てに出来ぬ話とばかりに詰め寄ろうとした相方を身振りで制し、話の口火を切った方のドワーフは、前屈みになって声を落とす。
……ドワーフ基準の「小声」ではあるが、その意図するところは相方にも伝わったらしい。
(「……どういう事じゃ?」)
(「うむ、試作はともかく、問題になっているのは量産らしい。ドランの村をはじめとする杜氏たちは、現状ビールで手一杯。ビールの生産量を減らすというなら、新規の酒も造れるそうじゃが……」)
(「それはできん!!」)
以ての外という表情で、小声ながらも強い口調で切って捨てるドワーフの片割れ。相手もウンウンというように頷いている。
(「……手が足りんというだけなら、マナステラで造るという事も考えられるが……」)
(「無理じゃろう」)
(「うむ……」)
どうやら駄目元での発言であったらしく、言い出した方のドワーフも憮然として黙り込む。
ここマナステラでビールなり新種の酒なりを造るという話になったら、ここの国の事だ、協力だの何だのと言い立てて、何が何でもその秘密を探り出そうとするに決まっている。そんな事になれば、今度こそこの国のノンヒュームはマナステラを見限るだろう。途方も無い政変が起きるのは間違い無い。
第一イラストリアにしても、ビールや新種の酒などの醸造を、他国に委ねるなどと言われては承服しないだろう。こっちはこっちで、ノンヒューム連絡会議とイラストリア王国との間がギクシャクしかねない。
(「……それ以前にじゃ、ビールや砂糖は抑テオドラムに対する嫌がらせとして始められたもんじゃという事を、忘れてはなるまい」)
(「テオドラムと国境を接しておらぬマナステラでは、抑造る理由が無い――か」)
酒飲みとして口惜しい想いはあるが、然りとて仇敵テオドラムに対する戦略行動に水を注すような真似はできぬ。
(「儂らの立場では、あまり強く出る事もできん。イラストリアから酒を廻してもらっているだけじゃからの」)
(「うむ……」)
何か自分たちにできる事は無いものか。
酒と立場が欲しいのも嘘ではないが、それより何より、自分たちマナステラのドワーフに、何も出来ないというのが腹立たしい。
(「実はな……まだ公にはできんのじゃが、儂らにもできる仕事というやつが舞い込んで来るかもしれん」)
(「ほぉ……?」)
断固として聞かせてもらうぞ――と言いたげな様子の相方に、事情通のドワーフが語ったのは何かと言うと……
「蒸溜器の製作……じゃと?」
――蒸溜用のポットスチルの製作であった。




